2009年7月 5日 (日)

アメリカにて その4

今日はアメリカの独立記念日に当り、ここディビスでも多くのエベントが催されています。

さて、中断が長くなりましたが、ワシントンでは、独立宣言の起草者となったジェファーソンはポトマック河畔に、ワシントンメモリアルと並んでその祈念施設がありました。この施設の礎石はF.D.ルーズベルトが設置したそうです。

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この後、ホワイトハウスに向かいました。

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アメリカの建国以来、その恵まれた条件を上手く活かし、200年ほど繁栄を続けたのですが、グローバル経済の進展と共にその地位が低下する一方、自由主義経済の保安官で有り続けましたが、冷戦の終了後は必ずしも「チェンジマインド」が浸透しておらず、バランスが崩れているように思われます。

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これを直していくには、既存権益の中でも最も保守的な部分にまでもメスを入れるということも視野に置きつつ、勢力範囲の維持拡大という冷戦自体の国益概念から、国民の利益という観点にその重点を移していく必要があるのではないでしょうか?

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ここカリフォルニアにおきましてインテルの成功を見ました時に、その経営に見習うべき点が多いことを知りました。

そして同時に、日本の親切さ、優しさ、勤勉さ、細かさという美点が、他の民族には容易に真似のできない競争力を生んでいるのではないかという気も致しました。

今アメリカでは、2百年祭以後に生まれた若者が大学に来ていますが、この不況にも関わらず、スチューデントローンなどを利用して海外旅行に行く人も多いようです。これは、

ある意味で彼らにとって良き経験となるかもしれません。

偉大なるアメリカから出ることによりアメリカを外から見るチャンスであり、自分一人で旅をすることの大変さと喜びを味わうことが出来るからです。

そしてその経験が、「アメリカの再生」の為に、Reunion をする上で生かされることを期待したいと思います。

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私は、自らの事業分野を検討しました結果、文筆業に専念することに致しましたので今回を持ちまして、「口外録」における記事の掲載を終わらせて頂きます。

長年に亘りまして愛読ありがとうございました。

新作が出来ましたら、こちらにも掲載させて頂きますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009年7月 1日 (水)

アメリカにて 番外編

UC Davis について一週間があっという間に過ぎました。

無線ランなどの高速ランでアクセスできないものですから、電話回線からインターネットにアクセスしますと、どうも疲れてしまします。利用時間に制限のある大学内のLanにはアクセス出来る筈ですが、どういう手違いからか私は2日程処理が遅れているようです。

さて、この間、広いキャンパスに点在する建物や、ダウンタウンを歩いていました。

ボランティアの学生の案内などもありましたが、今までの自分の経験を頼りにあちこちと買い物などをしていました。

こちらは、海岸のSFとは全く違う大陸性の気候で暑いらしいのですが、少し前には45度になりました。これはこちらでも記録的な暑さらしく、英語の教師の方も驚いていました。地球温暖化が新聞などで取り上げられています。

町の書店に行きますと、雑誌の種類が極めて多く、色々なスポーツや趣味、芸能誌の数にアメリカの豊かさを感じました。

ケーブルTVでは、少し前までは イランばかりでしたが、この数日はマイケル・ジャクソンばかりです。

そこで感じたのは、軍事・外交問題は実際は僅かな人しか関心しかないのではないかということです。

アメリカ自体極めて大きな国ですので、州が違うと国が違うようで、普通の人には世界地理についても日本ほどの関心があるとは思われません。

多くの人は、日常生活のゲームを楽しんでいると言えるでしょう。

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2009年6月20日 (土)

アメリカにて その3 Washington D.C. 1

今日は、好天に恵まれた中、ワシントン市内の見学に出掛けました。

Why not go sightseeing Washington D.C. joyfully in the grace of good weather today?

地下鉄に乗って スミソニアンプラザから 名所を訪ねます。

From the subway station of Smithsonian Plaza,  to the Sacred  area of this Great country!

先ずは、ワシントンモニュメントを目指しました。

Among other sights, Washingon Monument is the very first !

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ここから、キャピトルヒルとリーンカーンメモリアルが望めました。

Both the Capital Hiill and the Lincoln Mermorial  is in a  marvelous sight.

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夏休みシーズンとあって、子供連れや学生が多く来ていました。

In summer vacation season,  I  share this beatiful scenary with many family visitors and students fortunately.

ここから、子供の頃から尊敬しました リーンカーンメモリアルを目指しました。

The moment  of my  great pleasure to visit the respectful  Mr. Lincoln's  Memorial is starting from here.

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第二次大戦の戦士を記念した噴水と鴨達の休む池を過ぎると、正面の階段では 学生達がコーラスを披露していました。

Passing the memorial fountain of the World War Ⅱ and the fond where   the American  Black Ducks are resting ,

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On the front  steps  students  are singing  in  good chorus for his honor !

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彼が休んでいたのは、荘厳な白亜の神殿様式の建物でした。

Nothing cannot be more magnificent  than   his   cretaceous  templum ,

the sacred safehaven of the spirits of democracy on  earth !

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2009年6月19日 (金)

アメリカにて その2 チャンスとリスク

アメリカについて、まだそれ程経っていないので、現在のアメリカについてすべてを把握している訳では、勿論無い。

N.Y.の地下鉄や下町などを歩いてみると、アメリカの良い点を再発見することもあるし、予想外に悪い点もあるように見られる。

ただ、今のところ、景気回復の兆しがあるような関係からか、街を歩く人の姿に問題は無いようにも見受けられる。

しかし、多人種社会という日本とはまったく異質の世界を支えてきた、「自由と権利」理想の国家像については、必ずしも幻影を抱いている人が多いとも思えない。

が、それでもアメリカが好きで来ている移民は多い。

そこには、母国には無い「チャンス」があるから、リスクも取れる。というべきか、下積みから始めるから、失うものも無いのかもしれない。

さて、日本においては、総選挙が間近くに迫っているようだ。

国民にとっての問題は、何時総選挙があるかではなく、将来に向けての政策が有効なものかだろう。

民主党からは、情報を握っている「官僚」が諸悪の根源のように言われている。

果たして真実どうなのか?

民主党が選挙に勝てば、「天下り」が無くなるそうだが、これはどういうことになるか?

有能なる官僚諸氏にとっては、逆にチャンスではないだろうか?

つまり、優れた政策や法律作成能力を有した諸氏が政界に進出すれば、「天下り」よりも長い間勤務し、高い給与や年金を得られる可能性が高いように思われる。

落選のリスクが有るといっても、それは相手次第であり、選挙活動に必要な費用もインターネットなどによる広報活動が出来れば、都市部では相当低くなる可能性もあるだろう。

民主党が「天下り」を止めるということは、逆に自分の政敵を野に放つことになるとも思われる。

有能な官僚諸氏は、民間でも歓迎される可能性が高いだろう。お役所の仕事よりも、新しい仕事にチャレンジすることは、人生を豊かにするチャンスでもあるように思われる。

リスクを過度に恐れるよりも、鍛えてきた能力を信じて、勝つ道を探す方が楽しみも多いことは間違いない。

何事も確実なことは無い「不確実性の時代」には、自分を信じて努力することが、リスクをチャンスへと変える、ポジティブな考え方と言えるだろう。

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2009年6月 8日 (月)

ビジネスマン向けの格言

浮利を追わずとは、不利を追わずだ。

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2009年6月 6日 (土)

中曽根ドクトリンの実現に向けて

私は、今振り返って見ると、人生の分かれ道が確かにあるように思われる。

ある方向に向かいたいとは思いつつ、諸般の事情でそちらには行けないことがあった。

それは何故かと言えば、時期がまだ早いなどと思っている内に、また他の欲求が持ち上がってしまい、だんだん実現が出来なくなってしまったのである。

やはり、目標を定めてそれに向けて努力を継続することが実現に向けての早道なのだろう。

その意味で、中曽根さんは目標を定められているのであるから、実現に向けて努力を続けていって頂きたい。

横道に逸らそうという試みがあるかもしれないが、それに挫けず、核廃絶への歩みを着実に続けられることが、真の国益に合致することなのである。

オバマ氏が登場し、核廃絶を目標にしながらも、相手を懐柔することが出来ず、武力による「威圧と対話」を続けるとすれば、それは冷戦時代と何ら変化は無いことになるだろう。

結果は、「窮鼠猫を噛む」である。

冷戦時代の日本は、中国、ソ連、北朝鮮という共産主義国家に囲まれ、同盟国は韓国、米国、台湾だった。

その中では、「核の抑止力」という傘が必要だったのだろう。

しかし、中国が開放政策に踏み切って既に久しく、ベルリンの壁が崩れたのも既に一昔前である。

そのような中で、北朝鮮に武力で開国を迫る必要があるのだろうか?

国際的な法による安定した秩序は、自己を客観視して、相手の立場を理解することが必要であり、冷戦時代の発言を今引用するのはアナクロ二ズムである。

危険な「瀬戸際外交」という火遊びを続ければ、花火が暴発する危険がある。

「安全保障理事会」の常任理事国を目指すならば、平和的解決によってその外交手腕を示される良き機会になるだろう。

「おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見逃しがちである。

一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例として袖の下で笑っていることだろう。

西洋人は、日本が平和な文芸に耽っていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに、満州の戦場に大々的な殺戮を行い始めてからは文明国と呼んでる。」

                                  岡倉天心 「茶の本」

この本の原本は英語で書かれたものだが、帝国主義文明に対して「茶」の効用を説いたその平和的な啓蒙的精神を、私は大事にしたいと思っている。

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2009年6月 5日 (金)

大局観

どのようなゲームでも大事なものはと聞かれると やはり大局観ではないだろうか?

今の状況を分析して次に打つ手を決める時、目前の小競り合いに目を奪われていては、全体としてのバランスが崩れてしまう。

囲碁であれ、将棋であれ、同じように思われる。

ところが、過去に高い勝率を挙げた戦法が有ると、それに固執してしまうことがある。一世を風靡した居飛車穴熊でさえ、対抗する新戦法に、穴熊に固執しては勝てなくなっているようである。

さて、日本、極東、アジア、世界と視野を広げて行った時に、既成概念に囚われると同じ失敗をしてしまう可能性がないだろうか?

「大山(康晴)将棋は型に囚われない。合理的だが、独自の感覚によって指される手が多く、相手は意表を突かれることが多い」      (中原 誠)

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2009年6月 3日 (水)

公正なる判断

政府系金融機関の経営者に対する業績考課として何が公正なる判断だろうか?

仮に民間で持ち株会社の代表取締役が、子会社の社長の人事を判断する時はどうだろうか?

競争する会社の業績や不祥事などの度合いを見て、比較するのではないだろうか?

もしそうでなければ、公正な判断であるとは思われない。

A,B,C社を比較して、経常利益などの指標が良ければ、敢えて子会社における人選に反対をする必要は無い筈である。

不祥事についても、他の企業と比較して大きく会社の信用を損なうものか否かを判断するのではないだろうか。

もし、そこに無理強いして、内部抗争が起こり、従業員の士気が衰えれば、企業としてはマイナスになるからだ。

将来この子会社の上場を目指すのであれば、業績が良い程、株価は上る筈である。

親会社の社長は、子会社の社長をしてその手腕をより発揮させるのが、役目ではないだろうか?

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2009年6月 1日 (月)

Exdous from Poverty and ? Part 2-2

人類の歴史において、天災と並んで 疫病が大いなる災いとなってきた。今話題となっているインフルエンザかどうかは分からないが、旧約聖書「出エジプト記」にもそのような疫病が記載されている。映画「十戒」にもそのようなシーンが登場する。

第九章「主の手は最も激しい疫病をもって、野にいるあなたの家畜、すなわち馬、ろば、らくだ、牛、羊の上に臨むであろう。しかし、主はイスラエルの家畜と、エジプトの家畜を区別され、すべてのイスラエルの人々に属するものは一頭も死ぬものが無いであろう」

これは、家畜の伝染病のようである。

何故、イスラエルの家畜は伝染しなかったか?

今日の常識では、家畜の主を認識する病原菌は存在しない。

この旧約聖書が、祖先の業績を美化しがちな傾向を持つとするとある程度納得が出来る面がある。

そもそも、エジプト人の奴隷となっていたイスラエル人にどれだけの家畜がいたのか?

もし、全くいないか、ほとんどいなければ、伝染病にも罹りようが無い。

ほとんどの被害はエジプト人が被ることになった筈である。

さて、インフルエンザについては、有名な過ぎ越しの祭りの起源であるようにも思われるのである。

出エジプト記12「これは主の過越である。その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトの全ての神々に審判を行うであろう。---この日は、あなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭りとして、これを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。7日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。」

イスラエルの人々は、羊の血を門に塗り、その肉を食べて、死の神が通り過ぎるのを免れた。

これは、貴重な財産である子羊が病気になる前に殺し、それで栄養を付けた後、危険な期間は室内に閉じこもって、パンを食べていたとも解釈しうるのではないだろうか?

つまり、前回の疫病で学習をした結果、イスラエル人は賢くも、疫病による被害を免れることが出来た可能性があるようにも思われるのである。

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2009年5月27日 (水)

党首討論と民主主義

総選挙を控えた時期の党首討論として、今日の放送を見ました。

議会制民主主義の手本とされる英国の議会においても、党首間のやりとりが最も注目されるようです。

本日は、相撲で言えば差し手争いから、議論の争点の提示と反論、再反論という技の応酬、そして其々の論点の整理と要約から構成されていたようです。

この場を、言論を通じて繰り広げられる、政権政党への戦の場と位置づけるならば、本日の討論は双方において、その主張する位置の差を十分国民に認識させうるものであったと評価できると思います。

相手の弱点を突くオフェンスと自分の弱点を守るディフェンスの完成度を見る上では、普通の国会質問よりも自由度が大きく、興味深いものでした。

(差し手争い)

鳩山氏ーーー北朝鮮核実験ー中国、米国にのみ事前通知

麻生氏ーーー機密情報として明らかにしないことが国際慣習

鳩山氏ーーー洩れているのは情報管理に問題がある。

(各党の主張)

鳩山氏の主張ーーー理念ある政治「友愛」---国民間に失われている絆を回復する

             3年後企業献金の禁止

             官僚政治の打破ーーーNPOなど市民参加の動きを活かす

麻生氏の主張ーーー理念よりも現実の重視(経済、安全保障)

             政治資金法の献金禁止の遵守

             公務員に働いて貰う

(政治献金問題)

鳩山氏ーーー企業献金自体が問題

麻生氏ーーー小沢氏の秘書のように違法献金を受け取ることが問題

鳩山氏ーーー秘書は保釈後「違法性の認識」を否定。決着は法廷で付く問題。

        小沢氏の説明責任は「内部審議」資料を公表する。

麻生氏ーーー「違法性の認識」は本人の「有責性の認識」とは異なる。

(補正予算問題)

鳩山氏ーーー百年に一度の不況に補正予算を実質審議無しに可決したが、予算の中

        には通常経費の何倍の予算額が計上されている。NPOによるお金を掛け

        ない教育(ボランティアによる落ちこぼれのない小学校)。

麻生氏ーーー継続的な予算処置と非常的な処置の違い(と言われたようです)

        NPOの一つの例で、全体に適用できるかは疑問。

         

(天下り問題)

鳩山氏ーーー以前と天下りが減っていない。

麻生氏ーーー法律上の経過処置として、3年間は認められている。

鳩山氏ーーー天下り団体に多くの予算が使用され、その半分が随意契約である。

(総括)

鳩山氏ーーービジョンのある政治、官僚政治の打破

麻生氏ーーーより具体的な政策についての議論をする必要がある。

こう申しますと失礼かもしれませんが、野党としての国民の不満をぶつけるような従前の議論に比べますと、随分と政権政党を目指す党としての主張が明確になってきたように思われます。

唯、選挙民としては、政策面の違いが国民生活のどのような影響を及ぼすかについては、討議時間が十分ではなかったせいか、議論がされなかったように思われます。

国際的な視野、歴史的な位置づけ、技術的な問題などについても含めて頂ければ、尚一層興味深かったと思われます。

今後別の機会に、野次が飛ばないような場での政策討議がされれば、選挙の行方を左右するような重要な情報を提供することになるものとなるでしょう。

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2009年5月23日 (土)

醒めない情熱

新製品が世に出るまで、そこには男達に熱い苦闘が有った。

「ガイアの夜明け」を見ると、夜遅くまで奮闘努力した結果が、情熱と愛が生み出すものが分かる。

その例が、プラズマディスプレイに掛ける篠田さんという卓越した技術者の立ち上げた新会社の製品だった。

液晶、有機ELと競争環境が厳しい中で、生き残りを掛けた男達の戦いが続いている。

新奇性が高いものが好きで、流行に敏感な若者は、今や、設計・開発のみ自社で行い、大手メーカーの生産ラインや中国で委託販売する、お洒落な製品に注目しているようだ。

日本の家電製品は優秀だが、時には優秀すぎることもある。

過当競争により、消費者のニーズを超えた新製品が出ては消える。

普通のユーザーが使うのには、一定の学習が必要だ。

ビジネスに関連する製品は止む無く学習するかもしれないが、娯楽用品はどうだろうか?

それ以外の一般のユーザー、例えば電気のアンペア、抵抗、などに疎い中年主婦層などには複雑過ぎて手が出ないのではないだろうか?

新製品に買い換える為の製品選び、使用方法などの負担は、携帯、PCだけでも結構大変だ。

消費者のふところを狙うなら、それなりのソフトな工夫が必要だろう。

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2009年5月22日 (金)

裁判と正義ー裁判員制度の発足

すべての国民にとって良い統治とは何でしょうか?

それは、いわれなく暴力を受けず、拘束されず、平安に生活する権利が保障されるということであることは、世界中で共通することでしょう。

歴史を紐解けば、人類は自然との戦いの中で、集団としての社会生活を選択することにより、徐々に自然界の覇権者となることが出来ました。

しかしながら、天災などにより農産物の収穫量が変動したことや、疫病などにより、人類は時に暴力的な侵略を受け、それに対する自衛として、防衛体制を整備した国家へと自らを組織化していったのです。

このような過程で、自然法的な法理から、組織を維持する為の法、より効率的で安全な社会を形成する為の法など、人類の進化に伴って、正義と法も発展してきたと見ることが可能でしょう。

西洋社会における法の発展とわが国の法との間では、社会の発展の過程が異なっていますが、より合理的な価値の体系を導入することにより、社会の発展の基礎とするという立法者の方々の進歩的な考え方により、より洗練された法体系が整備されたきたと言っても少しも過言ではないでしょう。

この度の裁判員制度につきまして、自らの経済活動などに直接関係ないことや、普段馴染みの無い刑事事件であること、専門知識が無いことなどから、裁判員になることについて消極的な方々も多いように見受けられます。

しかしながら、この制度自体としては、裁判権という、国家が専有していた権利に参加しうるものであり、市民権の拡大であると言えるのではないでしょうか?

従来は間接的に最高裁判所判事についての賛否投票と以外には無かった、裁判官というプロにより形成されてきた法廷での処罰の妥当性について、直接意見表明の権利が与えられたとさえ言えるかもしれません。

そのように捉えれば、裁判員になることは積極的に「生きた法の形成」に参加することが出来る貴重な機会と言えるでしょう。

「最高権力を持つ人民は、彼が良くなしうることはすべて自分の力でなすべきであり、彼が良くなしえないことはそれを彼の職務執行者を通じてなすべきである。」

モンテスキュー「法の精神」

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2009年5月20日 (水)

行政の監督権と経営

自由主義経済において、民間企業に対して、行政が監督権を行使することが妥当性を認められるのは如何なる場合だろうか?

これについては、三権分立の議会制民主主義においては、当然、公法の立法上の趣旨から判断されるべきことになるだろう。

企業が国民生活上に危険を及ぼす恐れがある場合や、不公正な競争により国民に不利益を及ぼす場合、労働者の権利を保護する場合など、数多くの場合がある。

さて、現在国会で議論されている 日本郵政株式会社の場合はどうだろうか?

かんぽの施設売却に当たる入札の妥当性が、日本郵政株式会社に不利になっていたとされているようだ。

だが、その入札の方法そのものが、民間では考えられないような入札者に不利になっているものではなかっただろうか?

最も資産価値の有るものを入札対象から土壇場ではずすと言う行為自体は、入札者を募集しておいて「目玉商品は売りません」ということになる。不動産業界で言う「釣り広告」物件である。広告に釣られた客に、他の物件を売るのである。

その意味で、詐欺的だと言われても仕方が無い方法だったと思われる。

そして、その資産価値も、雇用を維持しながら不採算資産を売却するとなれば、入札者が後ずさりをするようなものだと思わざるを得ない。

だから、一端入札した業者も止めてしまったのでないだろうか。

このようなビジネスの方法は、国際的に見れば透明性が高いとは評価されないものだと思われる。

東京中央郵便局の立替問題も、民間企業から見れば、単なる資産の更新投資であり、その有効活用を図ることは当然である。このような問題に何故、総務省は監督権を振りかざす必要があるのか?

一端は民営化したものの、民営化による変化に不満を持つ層から反発が表面化したのであろうか。

地方在住者から見ると、このような「悪党征伐」は、どうも江戸の気風を受け継ぐ庶民向けのスケープゴート作りとしか思われない。

もともと骨太の改革として掲げた「郵政の民営化」には、相当の軋轢が予想された筈である。

郵便小包と宅配便、宅配メールと郵便、簡易保険と銀行窓販保険など、経営環境は厳しくなっているのではないだろうか。金融機関の生き残り競争は非常に激烈なのである。

企業の体質変化には十年程度は必要と思われるが、そのような改革過程で出てくる不平や不満に路線を変更していては、改革が後退するだけでないだろうか。選挙対策で、「骨太」を変更するのなら、それは「弱腰」だと言われても止むを得ないのではないだろう。

監督権を発揮されるのなら、市場経済下で利益がより向上すると民間経営者が認められるような経営計画を提示されることが、合理性が有り、納得性が高いゲーム戦略と言えるだろう。

「戦略を策定・再構築するという課題は多くの場合、組織的課題であり、リーダーシップに大きく左右される。」 M.ポーター

「敗北する戦略家はまず戦闘を行い、それから勝利を収めようとする。まず、勝利を確実にする計画を立て、それから兵を率いるべきである。」 孫子

「今日では企業には二種類しかない。俊敏な企業と滅び行く企業である。」

A.グローブ

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2009年5月17日 (日)

時事寸評

豚インフルエンザに関する各国の対応には温度差がある。

メキシコ    豚インフルエンザの死者が最初は極めて多く報道された。この為 外出禁止令などが出された。

香港・中国   非常に厳重な警戒態勢

日本       しっかり油断の無い警戒態勢

米国       神経質ではないが、一応の警戒の姿勢

Wikipediaによると米国では、過去に豚インフルエンザ騒動が有り、保険当局の勧告でワクチンを打ったところ、30名も死者が出て、4000万名で中止した。病気による死者は1名だった。

一方、中国・香港はSARSでは多可を括ったところ、多くの死者を出したので、当局としては油断をする訳には行かなかったようである。

今回のウイルスが弱毒性であるが、漏れの無い警戒を行うと言う行政の姿勢は、国民としては評価に値することは言うまでもない。

が、法の執行として考えた時に、どのような処置を講ずる必要があるのかと言う点については、その合理的根拠が明確に開示されていないように思われる。

毎年のように流行するインフルエンザの場合やその他の病気と比較しての数値データが公表されていないように思われるからである。

高校生では、統計を習得することになっているのであるが、そのような学習が活かされるのだろうか?

伝染病としての取り扱いをする根拠が明確であり、それに伴う二次感染を防止する必要が予防処置により発生する国民生活上の不利益を上回ることが明確である場合にのみ、行政としての強権的処置、乃至は準強権的な処置を行うことが、透明性、納得性、信頼性が高い民主主義的な行政であると言えるだろう。

報道においても、そのような行政当局の対応を導き出せるような客観的な情報の報道を行って頂きたい。

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2009年5月15日 (金)

四川省大地震と三国志

最近 TV で、四川省や雲南省、貴州省 など中国の内陸部 を訪ねる番組が多く放映されている。

三国志で有名な蜀の桟道なども拝見したが、とても人が往来したとは思えないような急峻な山肌を縫っていた。

このようなところにも日本人観光客が訪問しているが、これは四川料理というよりは、三国志などの影響ではないかと思われる。

私も子供の頃は、そのような冒険・英雄物語を面白く読んだ記憶があり、杜甫・李白の詩の美しさに打たれたこともあり、何時か是非訪問したいと思っている。

昨年には大変残念なことに、四川省大地震に見舞われ、多くの犠牲者が出られた。

温首相自ら救済の陣頭指揮に当たられて、早期に対応された。

日本からも阪神大震災などの経験を活かすべく、関係者の皆さんが協力されておられた。

謹んで 拙い漢詩を捧げ、犠牲者のご冥福をお祈りしたい。

陽日高夏来  愁人独夜看

冠水高山道  柴門老人村

廃屋無常陰  唯孤児泣哉  

何時寄虚幌  双照涙痕乾   (無想) 

さて、三国志と言えば、高名なる参謀であった孔明を忘れることが出来ない。

その知略で、魏の大軍を苦しめ、その死後もしばらく相手の侵略を止めることが出来たそうである。

中国と言うと、大平原での合戦かと思われるかもしれないが、孔明はゲリラ戦にも長けていたようだ。

中国は、その長い歴史の中で、多くの反乱があり、各地に群雄が割拠していたが、山や湖沼などを上手く利用して、政府軍に対抗してきたようである。

それ例が、水滸伝と言えるだろう。

このようなゲリラをどのように鎮圧してきたかという点では、今日の世界情勢から見ても興味深いかもしれない。

天の時は 地の利にしかず  (孟子)

                戦うには天候や季節が大切だが、いくら天の時に恵まれていて   も地形に恵まれていなければ勝てない。

天は高きに居て低きに聞く  (三国志)

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2009年4月30日 (木)

ヒステリックな病気!?

豚インフルエンザはどの程度の危険なのかについて、客観的な危険性が報道されていないように思われる。

問題は、感染者の数と国の数ではなく、その毒性と感染率、死亡率だと思われる。

今までの報道では、WHOでさえそのような数字の裏付け無く、危険率が高いように扱っているようだ。

他の伝染病と比べてどの程度の危険性なのか?

老人と子供が抵抗力が弱いと思われるが、その程度はどの程度か?

薬を飲んだ場合の治癒率は、などである。

あまりにも感情的な反応は、不況に堪えられない不満を逸らす為の情報操作とさえ取られかれないだろう。

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2009年4月28日 (火)

Prescription for Swine Flu

Contsruct the Chinese Wall against the virus !

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2009年4月14日 (火)

日本経済の変動と変化

日本が長い間輸出主導による成長を続け、内需主導への変化が必要といわれたのは、今から20年近く前のプラザ合意の頃だったと記憶しています。

日本を代表する家電、輸送機器メーカーさんは、円高抵抗力を強める為や保護貿易主義の圧力をかわす為に、欧米に組み立て工場などを作り、現地の雇用を行うことによって世界企業となってこられました。

また協力企業さんも、やはり進出され、欧米企業にも納品されて来たのです。

この間、円高局面では市場介入を行っており、ダーティフロートであると言われ来ました。

そして、この間経済成長を主導して来たのは、やはり外需でした。

日本では、巨大な財政赤字を出していたのですが経済成長はできず、ケインズ的な政策はもはや有効ではないという議論もされてきました。

そのような中で、小泉政権は郵政の民営化により、骨太の構造改革を進めることを打ち出しました。

しかし、この時に日本経済を支えていたのは、実は円安と米国のバブルであったのです。

本来、この時期に日本としては、少子高齢化に対応して年金問題と財政赤字の問題について対応すべきであったのですが、好景気による税収の自然増に楽観してか、結局対応を行いませんでした。

ですから、今から見れば、日本経済としては変動をしていましたが、変化をしてはいなかったと言えるかもしれません。

それは何故でしょうか?

円高により雇用が減少し、生涯賃金が減少する、派遣という不安定な雇用が増えるなどの将来についての不安が高い中では、増税によって選挙で敗北することは、政党としては致命傷となると見られていたことにあると思われます。

自民党は、分裂、統合、連立と、相当な痛手を被っていたのですから、郵政大勝利から大敗北となる増税は避けたかったのでしょう。

そして高年齢者には、過去の好景気の記憶があり、円安になれば景気が回復するという考え方があったのかもしれません。

日本の景気が悪くなれば、円安になり、輸出が増えるという、景気の循環が過去には確かにあったのです。

しかし、NICS,BRICSと日本の競争相手が増えていけば、日本の景気が悪くなっても、輸出が増えるということにはなりません。

また、過去の対外投資からの受け取りが増えてくれば、日本の景気が悪くなっても、円安になるとは限りません。

そして、日本以上に欧米の景気が悪くなれば、やはり輸出は増加しないことになるのです。

また家電メーカーさんなどの収益率が低下し、売上は増加していますが、雇用者の賃金は名目上はそれほど上昇していなかったのではないでしょうか?

このような状況で、若年有権者には、現在の政治に対する失望感が強まりつつある一方、高齢者には運用が困難となることから、保守的になる可能性があると思われます。

さて、今回の景気対策によって、日本経済が長期的に好ましい方向に果たして変化することが出来るでしょうか?

米国の変化と日本の変化がはっきり対比できない現状では、円相場は91~101円のレンジで神経質に変動をするのではないかという気がしています。

そのような中で、景気対策の効果をどの程度に見られているかという意味で、これから発表される3月期決算企業の先行きの見通しが注目されます。

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2009年3月28日 (土)

宇宙の神秘

今日 通信衛星のお陰で、世界の様子がすぐに分かるようになった。 それ以外にも、宇宙の神秘を観測する衛星や、地球温暖化の様子を観測する衛星などが活躍している。

今、若田さんは、宇宙ステーションに長期滞在して、様々な実験をしておられる。

宇宙ステーションは、人類が月に到着してから、更なるステップへ進むべく準備をしているものだろうと、。若田さんの成功を祈願している。

昔読んだSF小説では、人類は遠く銀河系のかなたへと旅立っていくことになっていた。

ガリレオが、ニュートンが、ガウスが、・・・と眺めていた宇宙へ!

だが、今 地上では「ミサイル」か「衛星」かを巡って、頭に血が上っているような騒ぎが起こっている。

どうも、「危機、危機」と騒いで国民を守るという使い古された手が政治的には受けるらしい?

「解散、解散」と騒ぐのも好きなようだ。

新兵器を開発して持っていると使いたくなっているのではないか?という気もする。

NASAも失敗を重ねて月へ行っているが、北朝鮮もイランと同じ技術なら失敗する可能性は少ないのだろう。

何故ミサイルと言って脅威を作るのか?

真面目に平和に働いている日本国民に対して、北朝鮮がミサイルを発射する理由はあるだろうか?

米国に対しても、北朝鮮に対する圧力を止めれば発射する可能性があるのだろうか?

そもそも、ミサイルの発射台を衛星で簡単に観測できるところに作るのは、ソ連のミサイル基地と比べて、あまりに軍事的ではないように思われる。

軍事小説などがベストセラーとなっているのに、賢明なる日本の国民の皆さんがそんなことが分からないとは思えない。

これに対して、オバマ氏がイラクにおける派兵を引揚げ、アフガニスタンのテロリスト掃討に作戦を切り替えたのは、軍事的に見ても現実的な判断だと言えるだろう。

何故なら、宗派間の対立によるテロが、米国からの経済援助により終息すれば、軍を駐留させる必要性は無いからである。

そして、9.11の真犯人を捕獲することが、米国への脅威を除くことになるからである。

このような動きの中、日本はいつまで氷の壁を築くのか?

大韓航空爆破事件犯を利用しての憎しみ増幅という手段が何を生むのか?

国際法の精神により、相手国の主権を認めて冷静な話合いを進めるべきであり、センセーショナルな非難をすることは、世界第二位の経済大国には相応しくないのではないだろうか?

そして「人類が愚かな過ちを犯しつつもそれを繰り返さない」ということにより、戦争の悲劇を過去の事としてきたことを忘れるべきではないだろう。

日本も、現実的な外交による解決を進めるべき時期に来ていることを忘れるべきではないだろう。

宙を舞う 剣を収めて 男らは 

                  精進すべし 三菩提 

                               (無窓)

 

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2009年3月23日 (月)

Exodus from poverty and ? part1

How had Moses  successfully escaped from Egypt?

Judging from the Bible,the Jew  ,led by Moses ,had escaped  the
same way which had been passed by him at his first escape.

The route  is not along the Med , but along the Red Sea.

If you check it by Google map, you can easily understand the length and difficulty  of the trip.

The miracle  which had occurred at the ford of the Red Sea ,seems to me like a pretty exaggeration of natural phenomenon .

We can find same kind  of miracle in  Japanese history,  Nitta Yoshisada's invasion to Kamakura.

If the Egyptian army had been swallowed by the Sea, why Jew  had not taken the route of the Med.They could have changed the course.

The length of the route taken by the Jew seems to be more than three times of the Med.route.
So  I may say it might had been a spring tide which had been stopped the Egyptian army.

Some historical TV program has said that at that time Egypt had been annoyed by the invasion of Hittaite and that the Pharaoh had lost substantial part of his army at the battle of Kadesh.

If Egypt had had enough power to send their army to Cannan again,they could have succeeded  in ambush the Jew .

Because of the length and difficulty of their great journey,it seems like  a quite easy job.

So at that time two big power ,Egypt and Hittaite seems to hestitate to make military action near Palestine,esapecially battlefield  of Kadesh .

Lesson:The eminent leader should understand the political situation and the optimal timing of action.
       One should take adavantage of any useful phenomenon  if necessary.

   

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2009年3月11日 (水)

金融モデルの再構築

現在 世界の金融界は大変な暴風雨に見舞われている。

米国では、シティ銀行を始め多くの銀行が公的資本を注入されている。

保険会社のAIGもかろうじて危機を凌いでいる。

英国でも、ロイズ銀行、RBSも同様だ。

手堅さが有名であったスイスの銀行も大幅な赤字である。

このような状況の原因は何か?

今回の危機の直接の原因である 米国住宅市場の破綻について、グリーンスパン氏が責任を問われている。

投資家の自己責任という原則から見れば住宅価格の上昇とバブルの可能性について、判断をするのは、一次的には投資家にあるというのが、自由な資本主義だろう。

投資の結果の利益は自分で貰っておきながら、失敗した結果を金融当局だけに負わせることはできないことは言うまでもない。

問題は、投資家の中には、プロも居れば、経験の浅いアマもいることにあるのか?

そうであれば、日本のようにプロにはリスクの高い商品への投資を認め、アマにはリスクの低い商品を認めれば良いことになる。

だが、今回失敗したのは、

1)自己の返済能力を過大に評価したか、それとも資産の価格上昇により適切な時期に   転売してから他の物件に乗り換えればキャピタルゲインを得て返済額を減らせと見ていた住宅購入者

2)この住宅債権ローンを購入したが金利上昇により返済が不能になり、差し押さえ物件の価格が低下して資金回収が不能となった金融機関

3)信用リスクの変化率を低く見てCDSの保証を行った為に損失を被った保険会社

などである。

この内、後の2者は明らかに金融のプロであり、バブルの存在と発生について知らないということは出来ない。

では、何故失敗したのか?

やはり最新金融商品は高度の数学を駆使しているゆえに安心だという程度の認識しかなかったのだろうか?

それでは、やはりプロとは言えないのではないだろうか?

少なくとも、住宅金融を行う場合に金利負担を後伸ばしにすれば、元本+利息繰り延べ分だけ信用リスクが高まり、住宅については経年の変化による価値の減少が起こるので担保比率が低下することは常識だろう。

そのような場合には、賃金の増加か土地価格の上昇が続かなければ、無担保の与信が増加することになるのである。

好景気が続く場合は、賃金の増加と土地価格の上昇が期待できるが、不景気になればその両方が減少することになる。

米国のような場合には、このような場合の変動率、即ちリスクが高いことは明らかなように思われる。

それでは、芝生のきれいな持ち家というアメリカンドリームは何故誰も疑わなかったのか?

如何に金融界のマエストロと評されたグリーンスパン氏にしても、そのような魔法の呪文は知らなかったに違いない。

だが、皆が知っていると期待していた場合には?

知っているような振りをしてしまったのだろうか?

Aaron answered ,"Don't be angry with me;you know how determined these people are to do evil." (EXODUS 32-22)

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2009年2月26日 (木)

市場経済における政治と正義

現実と理想の関係について、その間には色々な類型が考えられる。

善と悪に二分することは簡単だが、現実はそのように簡単なものではないことは皆さんご存知の通りである。

例えば、高速道路を、2都市間に結ぶ場合、この道路の開通により2都市の市民としては利益を被るかもしれないが、先祖伝来の土地を収用される地主の方は場合によって、不利益が大きいかもしれない。

仮に、この高速道路の需要についての見通しに異論があれば、更に議論は複雑になる。

もともと人口が減少傾向にある地域であれば、必要がないかもしれないし、既存の道路を拡副工事するという選択肢もありうるわけである。

一方工事推進派にしてみれば、他の地域からの人口流入が期待できるという理由も出てくるだろう。

こうして見ると、公共の福祉という言葉はあるものの、現実の利益は複雑なのである。

そして、ここには建設業者や開発に土地の価格上昇を見込むものなどの利害が渦巻いている。

国内においても周知のように事情は複雑で、理想を説くのは簡単だが、現実を動かすのは簡単ではない。

そこには色々な要因が絡んでいるからだ。

予算の配分は、雇用にも関係しているだけに、それに掛ける関係者は真剣である。

だが、しかし、民間企業から見ればどうなるのか?

硬直的に予算を消費するということは、市場経済では許されない。常に、市場の先行きを予測しながら、技術開発、商品開発、設備投資、人的資源開発、ライバルへの対抗戦略などを行わねばならない。

市場規模が予想より小さければ、撤退も止むを得ない。

動的に環境に対応しうるものだけが、生き残る まさに 適者生存の原則が働く世界なのである。

そして、このようなインフラの投資は、地方企業にとっては大きな環境の変化を意味することもある。

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2009年2月25日 (水)

真実と写真

写真は真実を写す。

昔 銀塩写真の場合はそうだった。

今デジタルカメラの場合はどうだろうか?

野鳥の写真を撮っていると、手ぶれ防止機能付きの望遠レンズでも、撮り切れない場合がある。

シャッタースピードが問題だったり、フォーカスが合わなかったりする。

これが、衛星から写した場合はどうだろうか?

天気が悪かったり、反射光が合ったりすることは勿論、高速で移動する衛星が写す映像はどうなるのか?

地上を移動しない施設でも、間違う場合がある。

これが移動する物体の場合はどうなるのか?

コンピューターが補正してくれるのだろうか?

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2009年2月18日 (水)

アメリカの良心

今から4年程前になる。

銀行退職するので、世間を知る為に、イタリアとアメリカに出掛けた。

その時に、各地の美術館を巡って、美を探究した。

偉大なる天才達の溢れた ルネッサンスから 印象派、ピカソと見ていった。

アメリカのメトロポリタン美術館では、多くの巨匠の作品にあって、気に入った作品が、この老婦人の肖像画だった。

Imgp1157 

華やかさはない。

慎ましく 編み物をする お婆さん(グラニー)だ。

厳しい年輪を刻んでいるが、暖かさが仄かに見える。

清教徒的な雰囲気すらする。

そこに有るのは、家庭を支える良き妻であり、優しくも躾に厳しい母であり、そして教会、コミニュニティの良き隣人である立派な女性である。

西部の厳しい自然に揉まれて、野生に帰っていた女性とは異なり、静かな知性を漂わせている。

今、インターネットに溢れる猛々しいまでに逞しい女性と比べるとどうだろうか?

裸身をさらす小悪魔達の囁きに心を許す時、欲望が理性を覆い隠すことになる。

そして、金色の悪魔に囁きに心が乱れる時、地に悪が広がる。

節制とは過激とは、対極にある美徳である。

人間は時に欲望に負けることがあるが、常に悪しき欲望に負ける訳ではない。

崇高な理想に向かって心を合わす時に、偉大な瞬間が生まれることが期待できるだろう。

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2009年2月 9日 (月)

新製品とは?

約20年ほど前に、システム開発に関係していた頃だが、PCが普及期を迎え、価格が低下すると共に、性能が著しく向上した。

当時3カ月毎に新製品が発売され、早く申請書を書かないとLANを構成するPCも次の機種に変える必要が出るほどだった。

データショウなどでも、華々しく新製品がプレゼンテーションされていた。

日本のPCについては、半導体メモリーで韓国に、液晶では台湾にと、個別部品では苦戦を強いられる中、健闘されていたように思った。

OSについては、Ms-Dos3.3当たりからのお付き合いだが、帝国主義的とも評されるMS社の拡大戦略のお陰で、段々重くなってきた。

勿論、インターネット接続が簡単になったなどの利点があることは否定はしないが、必要としないと思われる機能が付加されていっているという点は否めないだろう。

ケインズの言う美人になっているのではないだろうか?

Macについては、2、3回触った程度なので分からないが、ユーザインターフェイスなどで常にユーザーをリードしている反面、事務的な処理を行う上ではMS社の商売上手に対抗することが難しいと思われた。

知的な個性的な美人は、そのウイットを理解できる人に受けたのだろう。

さて、今日 我々の電子花園は、様々な花が咲き乱れている。

何れも、値段はお手頃である。

上手に使えれば、相当な楽しみが出来る。

だが、その使い方は?

例えれば、水族館で泳いでいる タイやヒラメのようなものだ。

舞い踊る姿を見ている内に年を取ってしまうのである。

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2009年2月 6日 (金)

賢明なる選択

定額給付金なるものをあなたならどうするか?

賢明になる為に投資するか?

賢明にする為に投資するか?

それとも、賢明に見せる為に投資するか?

使い方は、賢明なるあなたに任されている。

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2009年1月26日 (月)

歴史的認識と新秩序

は、戦後のベビーブーム後の生まれで、いわゆる「団塊の世代」の後の「戦争について知らない子供達」になる。

流行したいた音楽でいうと、グループサウンズからフォーク、後期ビートルズ、「サイモンとガーファンクル」ということになるだろう。

子供の時にTVが普及期を向かえ、手塚治虫さんなどの漫画が流行った。

復刻された「ノロクロ」という軍隊犬漫画も読んだ。

親は、数年前に若くして徴兵されたが、インドネシアで捕虜になり帰国した。どうも小説にあるような捕虜生活で、米軍の食料が良かったせいか、丸々太って帰国したようだ。

帰国した時に、長兄である叔父は食料事情が悪かったせいか、病気で死亡しており、子供時代から「悪がき」であった父は、どうも顰蹙を買ったようである。

直接はつらい思い出は話さなかった。

従軍された方で思い出を伺ったのは、高校時代の政経の先生だった。

当時は受験の選択科目ではなかったので、適当に聞いていたが、授業中に中国で従軍された時の話を伺った。

歩兵で進軍されたのだが、「行けども行けども、畑が続いた」ということだった。

私は当時毛沢東に密着取材した米国の記者の本を読んでいたので、中国側が取った

「大長征」という話を知っていた。

どのように長い道を進まれたか?

その道程を進まれた時に、何故ここに来ているのか?という疑問が湧かれたようである。

満州事変が勃発したのは、1931年。

国際連盟脱退が、1933年。

2.26事件が、1936年。

日中戦争が、1937年である。

この前に、1929年の大不況がある。

大不況が戦争になんらかの影響を与えたともいえるだろう。

だが、それだけだろうか?

日清、日露戦争と大国との戦争に勝った破竹の日本は、その勢いを借りて

1910 韓国併合

1915 中国に21カ条の要求

1918 シベリア出兵

と、極東に敵なしの帝国主義的な植民地化を進めていた。

ところが、1920年に国際連盟が発足するのである。

そうすると、日本の満州進出は、リットン調査団が派遣され、問題となる。

日本から見れば、西洋列強は自分の取った「帝国主義的植民地」問題をさておいて、

日本だけを押さえに回ったと取れたのだろう。

戦争で負けたことが無い日本では、弱腰な外交の政府に軍部が反抗することになる。

ハワイに居る米軍と、シンガポールに英軍を除けば、敵になる戦力は居なかったとすれば、その当時の強気の日本の姿勢にも無理がなかったのかもしれない。

だが、西洋列強はその本拠である欧州において、最新兵器を駆使した消耗戦により700万ほどが戦死するという悲惨な戦争を経験していた。

そこで、国際連盟という組織ができたのである。

だが、最も工業力のある米国はこれに参加していなかった。

それゆえに、米国の姿勢としては基本的に孤立主義であり、帝国主義的な意味では「弱腰」であると見られていたかもしれない。

そのような事情があるにせよ、「国際連盟」は「帝国主義的侵略戦争」という「鉄と血」に変わる「新しい国際秩序」であったのである。

だが、不幸にして極東に位置していた日本は、この700万人の犠牲の重みを知りうる立場にはなかった。

「西洋列強の力が引いた今こそ勢力拡大のチャンス」と見たのだろう。

そこに不況である。

いよいよ満州経営というところに、リットン調査団に待ったをかけられたのだ。

「自分達の侵略を棚上げにして、日本を止める権利は無い」ということだろうか、国際連盟を脱退してしまう。

これが当時は格好が良かったのではないか?

何しろ戦争で負けたことがないのだから!

当然、軍縮などには見向きもしなくなる。

しかし、今考えて見ると、やはり「国際連盟」は戦争という惨禍によって人類が愚かな戦争を止めようという歴史的な教訓から、国際法秩序に向けた一歩を踏み出したものであった。

だが、日露戦争以降 は多くの戦死者を出していなかった日本には、このような歴史的な転換の必要は感じられなかったのだろう。

その後、日本は米国の新の実力を知らず、第二次世界大戦へと進んでいった。

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2009年1月24日 (土)

薄汚いインターネット

薄汚いというのは英語でなんと言うのか忘れた。

インターネットの中で、アダルトサイトなどが問題となっているが、本当に薄汚いというのは、システムを運営していて、人のプライバシーである情報を秘密に横流している連中である。

システムの知識さえあれば、誰がどこにアクセスしているか、どのような記事を見ているかを調べることができるし、その情報を裏で流すことができる。

さらに、人のブログで何を書いているかを横流ししたり、そのブログを勝手に変更することもできる。

そのような連中は、インターネットの知識があるからといって、権力を握っているつもりだろうか?

インターネットは透明性を標榜されているが、このような連中がのさばっているようでは使う意味が無くなってくるだろう。

中国の当局がモニターリングしている方が、かえって規制があるだけ良い。

何故なら、法的な規制下にあるからだ。

日本でも、薄汚い連中がインターネットでのさばらないように、法的に監査をする必要があるのではないだろうか。

もし違反があれば、そのISPの業務停止も止むを得ないだろう。

そして、如何に最新の技術や知識があろうとも、そのような連中は、人間としての常識を欠いているといえるだろう。

インターネットの世界も、もし一切の法的保護が無くなれば、詐欺や脅迫などが横行し、

たちまち廃墟となってしまうのである。

インターネットサビースを提供するものは、良き政治と同様に、そのコミュニティが栄えるように配慮しなければならない。

その為には、犯罪捜査を除いて、どのようなものに対してもプライバシーを保護できなければならないのである。

著作権を含めて、すべての法的な保護に留意しないようであれば、刑事・民事の責任のみならず、業務の停止も有りうることを、経営者はすべての従業員に徹底する必要があるだろう。

そして、顧客ファイルへのアクセス記録を検査して、不要かつ不適当なアクセスが無いかを管理し、そのような行動を見つけ出した場合は、説明を求める必要があるだろう。

顧客に対するサービスの品質という点では、このような監査を適正に行っていなければ、何れその企業は問題を起こすことになる。

契約と責任がすべての社会の基本である。例え、無料のサービスであっても、利用者のプライバシーを侵す権利は無い。

そしてプロと呼ばれるものは、無駄な自己顕示欲ではなく、そのような自己抑制能力がなければならない。

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2009年1月23日 (金)

大義ある外交への道

オバマ氏が大統領に就任され、早速に打ち出されたのは

1.グアンタナモの強制収容所の廃止

2.イラクからの撤退

であった。

私は、これは大義ある外交への第一歩であると思われる。

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2009年1月21日 (水)

オバマさん おめでとうございます

Congratulation to Mr. Barack Obama,the President, and all the people of Untied States of America! オバマさん、そして米国合衆国の皆さん、大統領ご就任おめでとうございます。

We are very pleased to see and meet the historic victory of the democratic virtues which are deeply engraved in the heart of the wise and gentle American people.

私たちは、賢明で優しいアメリカ国民の心に深く刻まれた民主主義の美徳の歴史的な勝利を拝見できることを大変喜ばしく思います。

This morning I have read the Constitution of U.S.A.,the amendment 13,14,15.

今朝私は合衆国憲法修正第13条、14条そして15条を読みました。

which were drawn ,after the Victory of the Civil war against the human values, to bring U.S.A. back to the Great nation in the course of further development of the true and real Utopia established by the Founders.

人間の尊厳に対する南北戦争の勝利の後に、建国の父達の確立した本当の理想郷を更に発展させるという道にこの偉大なる国を立ち戻らせるために、これら条文は起草されたのです。

Today, we know the celebrated moment has come. That is the realization of the Values of American conscience expressed by the honorable Mr. Abraham Lincoln. ‘’The government of the people ,by the people,for the people”

今日、私たちは祝福されるべき瞬間が来たことを知りました。それは、あのアブラハム・リンカーン氏によって明らかにされたアメリカの良心というべき価値、即ち「人民の、人民による人民の為の政治」が実現される時なのです。

Not only Mr. Lincoln and Mr.King, but also the unfamous,but sacred victims who had bravely fought for the justice would be gratified in Heaven.

リンカーン氏、あのキング牧師のみならず、正義の為に勇敢に戦った無名ですが、聖なる犠牲戦士の方々も、天国で喜ばれていることでしょう。

It was long ,exhaustive,battle against the violent power which befools the human-beings unreasonably and groundlessly.

それは、人間を不合理にそして根拠なく馬鹿扱いをする暴力的な力に対する長く、消耗する戦いでした。

As one of your friend, I sincerely hope and believe the Reunion of the wise and good-hearted American people bring the more peaceful ,more prosperous world by returning to the fundamental values of the great and ideal State.

貴方の友人の一人として、私は賢明にして善良なるアメリカ国民の皆さんが、偉大で理想の国家の建国の理念に立ち返えることにより、再団結されれば、世界をより平和で繁栄させることができると心から期待し、そして信じております。

Omedetou gozaimas!!!

おめでとうございます。

                                                                           Yoshihiro Nagatani                                                                                                            長谷 祥弘

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2009年1月19日 (月)

恵の力

恵と言いますと、何を連想されるでしょう?

恵むと言う時、与える人と、与えられる人を連想するでしょうか?

それとも思わぬ幸運が訪れることを連想するでしょうか?

古代では、天候が順調で、収穫が多かった時に、恵みを感じたことでしょう。

干ばつが続いて、田畑が乾ききり、人々が苦しんでいた時に雨が降れば恵みの雨だったことでしょう。

世界中で、雨乞いの祈祷が行われていたのではないでしょうか?

長雨が続いた時には、逆に 太陽が姿を見せることが、恵みであったことでしょう。

そう、恵は、天、ないしは神から、地にいる人への恩寵であり、情けであり、慈しみであったのではなかったでしょうか?

そして時代が下り、やがて 時には王侯から、また富豪から、下位ないしは貧乏人への寄付などが、恵みとなっていったのでしょう。

産業革命、そして科学の世紀が到来した時、神の恵みはどうなったのでしょうか?

単なる言葉による救いを説き、科学的な合理性を排除した神学は、現実的な物質的な恵みをもたらす 科学の恵みに その領域を後退させていきました。

今日、CDでモーッァルトの室内楽を聴く時に、私達は王侯のような贅沢を味わうことが出来るのです。

また、TVを付ければ、世界中の観光地の様子を知ることが出来るのです。

そして、インターネットを通じてと、その恵みを感じることが出来るのです。

その意味では、神に愛された天才達とその学問を発展させ、発明を行い、人々に有益な商品を生産し、流通させる人々、そして平和な世界を保ち更に発展させようと努力をしているすべての人々に感謝をしたいと思います。

勿論、神の言葉を正しく伝えることによって、それまでの迷信や誤った慣習を是正し、社会的に不運なる人々を救済しようと努力をされてきた、宗教者の方々のご努力を、正しく評価しないとすれば、それは科学的な精神に反する不公正な見方となるでしょう。

そして、科学の力を間違って使えば、人類に滅亡の危機をもたらしうることも、貴重な歴史的な教訓であると思われます。

自らの力におごり、溺れる時、人は思わぬ失敗を行うものです。

「他人にいるところへ少し降りなければ、自分のいる高所へ他人を引き上げることはできない」                                  (アウグスチヌス)

「知恵の鋭さを弱め、知恵によって起こる煩わしさを解きほぐし、知恵の光を和らげ、世の中の人々に同化する」                    (老子)

私たちは、多くの人々の教えを謙虚に受け止めつつ、その限界をも知ることにより、正しくその教えを継承することが出来るのではないでしょうか。

生命としての染色体を受け継ぐ子供の数は限られていますが、人類に残された「知的な染色体」は広く引き継がれていくことでしょう。

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2009年1月 5日 (月)

力の外交

新年になったが、世界においては 依然力と力がぶつかりあっているようである。

昔流で言えば、「目には目を、歯には歯を」である。

広辞苑によると、ハムラビ法典や、旧約聖書の出エジプト記、レビ記、申命記にもあり、同害報復を意味する。

旧約聖書中のモーゼの言葉とされている部分には一部疑問が有るが、この言葉は再三繰り返されているので、相当有力な法的慣習だったのだろう。

これに対するのが、有名なキリストの「汝の敵を愛せよ」である。

「右の頬を打たれれば、左の頬を出せ」

 歴史上は キリスト教初期の殉教者などだけが、この言葉を守れたようである。

キリストが示した奇跡については眉唾物であり、どのようにして異端者集団が生計を維持できたかは謎めいている。

いずれにせよ、キリストの時代から既に二千年を経ているが、この言葉ほど実現できない言葉は無いと言えよう。

ユダヤ教とイスラム教の対立のみならず、ロシア正教内部についても同じであるからである。

つまり、まさに聖人にしか実現できない言葉なのだろうか?

この言葉はその意味で、キリスト教の核心であると言えるかもしれない。

これは敵をも許す「絶対的な愛」の神の言葉である。

従って、ソドムとゴモラを滅ぼした旧約聖書の「怒れる正義」の神の言葉ではない。

キリストは地上を争いのない楽園にする為に、愛の神を創造したのである。

そしてこれを実行したが故に、正にキリストは神の子となったのである。

その為に殉教した使徒は、その愛の故に聖人となったのである。

そして、この話を完全にする為に、キリストは蘇る必要があったのだ。

だが、キリストの教えはその反面、避けがたい問題がある。

それは地上において争いを避けるということは、地上における世俗の権力闘争を避けるという意味で「シーザーの物は、シーザーに」という言葉になる。

そして、地上において恵まれない者は忍従の代わりに心の平安と天国を約束されるが、地上での繁栄には無縁となるのである。

このような教えを守ってくれるものが居れば、地上の権力者には都合が良いのである。

だが、歴史を見ると賢明なる民衆は、「繁栄が続く限りは良い子の振り」であったのではないだろうか

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2008年12月31日 (水)

ガイアの夜明けを見て

昨日 「ガイアの夜明け」で発展途上国の諸問題に注力されている日本の技術者の活躍が報道されていた。

日本ポリグルの小田さんは、バングラディシュの水問題、山梨日立建機さんはカンボジアなどの地雷処理問題、そして旧電源開発さんは フィリッピンなどの生ゴミ処理問題だった。

それぞれ皆さんは大変な成果を上げられつつあるのではないかという印象を受けた。

お三方に共通しているのは 上質な技術者魂ではないかという気がした。

善意と熱意と根気、そして現場での問題解決である。

何れも短期的には採算を確保するのが難しいのだが、長期的に見れば企業のプレゼンスを高め、市場開拓に繋がるものである。

昔は生ゴミがそんなに簡単に分解されるものかと、素人しては疑いの目を持っていたのだが、何時の間にか実用化の域に達したようである。

フィリッピンやインドネシアを旅行した際に感じたのは、観光地の裏側の衛生状態の悪さであった。

そこでは、ゴミが異臭を放つことに抵抗感がなかったのである。

昔、日本でビニールのゴミ袋が普及する前の状態よりも悪い状態であった。

今日、日本のあちこちを旅行して感じることは、やはり 平和で安全そして清潔な社会である。

ストリートチルドレンが裸で物乞いをしている横を通ったことを思い出すと、今の日本はどうだろうか?

円高で海外に旅行する人が減ったとはいえ、海外でブランド品を買い漁っていないだろうか?

マネーゲームに興じ、派遣という形の労働で非常時に備えがないという世相は、欧米を安易に模倣した弊害ではないか?

転職により地位が報酬が上がっていくというのは、相当な力量があるものだけに限られていたのである。いわば、「労働におけるサブプライム」問題といえるかもしれない。

2009年には、まだ新人類にとっては、宇宙の旅の前段階であるに過ぎないかもしれない。

地球温暖化監視の為のGOSAT、雷監視の為のまいど一号など、日本の技術が更なる成果を上げられることを祈念したい。

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2008年12月29日 (月)

ハンティントン氏を悼む

有名なる「文明の衝突」の著者であったハンティントン氏が逝去されました。心から哀悼に意を表したいと思います。

ポール・ケネディ氏の「大国の興亡」と共に、覇権国家となったアメリカと世界の未来を考える上で、興味深い見方をご示唆頂きました。

私どもの母校である京都大学の高坂正尭先生の「現代史の中で考える」の中で、大英帝国は「衰亡は繁栄の絶頂にはじまった」という示唆に富むお考えもございました。

今日の国際情勢を考えます時に、単純で幼稚なマスコミの報道と照らし合わせますと、軽率なる判断は、慎むべきではないかという感が強くございます。

その意味で、私どもに物事を深く考えていくということの重要性を改めて認識させて頂きましたことに感謝し、ご冥福をお祈りしたいと存じます。

高きより 見る事なきや 雀らは 

               大空を舞う 鷲は何処へ (無窓)

How high they can fly ?

Little sparrows !

How deeply enjoy  flying freely in the blue sky ?

Eminent  white-headed eagles !

Only knows  winds of change !!

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2008年12月22日 (月)

来年の経済見通し

来年の経済見通しが公表されているようだが、先ず誰もが容易に理解できるように、プラス成長は期待できないだろう。

昔は、景気低迷の時でも強気の景気見通しを公表するエコノミストが居られたが、まあ楽観的過ぎても冗談だとしか受け留められないだろう。

かつては、景気変動要因の中で、最も予想が当たりにくいのが、為替相場見通しであった。

今日ではどうだろうか?

国際的な資本移動により影響受けるものは、商品市場に上場されるものであるので、原油、穀物、貴金属なども大きく影響を受けている。

そのような個々の市場の価格は、供給と需要の関係から想定されるレンジを大きく乖離することがある。

このような変動幅が大きい時には、非常に見通しが難しい。

そしてそのような産品に依存している諸国の経済運営担当者は、天国と地獄を生きながら味わうことになるのである。

世界的な経済の安定にとっては、原油価格は45ドル~50ドル程度で推移することが望ましいように思われるがどうだろうか?

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2008年12月19日 (金)

ビッグ3救済劇

ビッグ3救済劇が長引いている背景は

1.政治的に オバマ政権に引き継ぐ

2.賃金カットなどのリストラを円滑にする

3.経済的な回復をXXXXXXにより鮮明にする。

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2008年12月14日 (日)

資本主義の将来

資本主義を如何に定義するべきだろうか?

株式という少額でも投資可能であり譲渡可能な証券を発行することにより、多く投資家より多額の資本を集めて、その資金で人を雇用し、事業を行って、それにより得た収益を還元することにより、更に継続的に発展を行うことを目的とするもので、株主の有限責任、資本家の所有と支配の分離を特徴とする。

そして、その資本は元本の保証が無い代わりに、元本が保証される銀行利子率よりも高い収益率を期待しうるものである。

事業活動を行うに当たっては、株主の出資による自己資本のみならず、その事業活動に必要な資金を、銀行その他から調達するという他人資本に頼っている。

その取引価格は、その収益率を基に市場で決定されるが、事業活動が有するリスク、経済変動のリスク、その他のリスク要因を有している故に、不確実が高く、ランダムな変動を行う。

利害当事者としては、株主、銀行などの債権者、従業員など数が多く、経営者は、その多くの関係者からの信任に答えるべく、報酬が高い反面、重い責任を負っている。

歴史的には、経営者が株主の利益を害する恐れがあることから、その責任の監視が問題とされてきた。

さて、今日、米国の金融危機において問題となっているのは

1.高度の金融数学を駆使した金融仕組商品に内在するリスクが、その商品を販売、運営する者が極めて高額の報酬を与えられ、一方で情報の非対称性が存在した為、過剰なる販売が行われ、リスクを取り過ぎたり、事業分野の集中により事業が存続できなくなぅた(CDS)。 ーーーーーAIG、リーマン

2.芝生の庭のあるマイホームというアメリカンドリームを利用した、無理な住宅販売により、低所得者のローン返済が行き詰まり、焦げ付きが発生した(サブプライム)。

  ーーーーー銀行

3.原油価格の上昇、住宅ローン返済金額の増加、失業率の上昇などにより、大型車販売に傾斜していた米国の自動車メーカーの販売が大幅に減少し、資金繰りが不足している。

  ーーーーービッグ3

のように思われる(筆者は、あまり新聞、雑誌などを読んでいないので推測である)。

ここにおいて問題となるのは、経営者が巨額の報酬を得るという為に、そして短期の投資で利益を上げるという投資家の為に、健全な企業の発展が損なわれてきたという点であろう。

企業買収などにより短期的に企業業績を向上させて、ストックオプションにより巨額の利益を上げるという手法が、企業の事業活動を損なってしまったのではないだろうか?

経営の目的は、企業の継続的な発展では無く、単に株価を吊り上げることになってしまっていなかったか?

何れにしても競争力を失った事業分野では倒産が発生することは、資本主義に内在するリスクであることは否めない。

米国においても、そのような例は数多い。問題はそこで発生する影響の大きさである。

一時的に失業が発生しても、再雇用が可能であれば、それ程深刻ではないかもしれない。

金融機関が貸付を行えない要因が、一時的な流動性の不足にあるのではなく、競争力にあるのであれば、誰が資金を貸し付けても救済はできない。

雇用は確保されるが、既存の債権者に対する利払いと返済に当てられるのでは誰も納得しないだろう。

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2008年11月19日 (水)

テロと社会防衛

厚生省の高官とその家族に対する連続テロが起きた。政府高官に対するテロとしては、警察高官に対するテロ以来ではないか?

社会保険庁に対する報道は、記憶する限りでは1年以上も続いてきた。

景気が悪化し、年金問題などに不満を持つ庶民が、このようなマッカーシーズムのようなバッシングに接した場合、やり場の無い怒りを爆発させたのだろうか?

如何にTV、新聞などの従来のマスコミが、インターネットなどのニューメディアの台頭に危機感を抱いているにせよ、暗い恥部ばかりを漁るようなニュースは誤解を生じていたのではないか?

テロリストの場合は、攻撃対象が保護されれば、別の対象に向かうことも考えられる。

防衛省の汚職など、庶民には、官僚諸氏に対する信頼が裏切られる事件が続いていることは、報道を見る限り、否めないだろう。

勧善懲悪的な単純な取り扱いをするメディアも問題だが、インターネットでは事実の検証も無く、議論だけが過激化していく場合もある。

ここに悪い相乗効果が働くことがありうるような気がする。

給付金問題も、政治的な側面はあるものの、インターネットや携帯電話のスピード感に馴れた若年層には、欲求不満を煽るような取り扱いである。

いつまでも同じ餌で釣り続けるというのは、閉塞感の高い危機的な状況にある者の、敵意を買う可能性が高いだろう。

そして、歴史的反動とも取りかねられない強制的な懲罰、例えば教員に対する国歌や国旗忠誠などは、この状況では、反感を買う可能性が考えられる。

そのような意味で、明るいニュース作るなり、捜すことにより、ストレスを和らげることが必要だと思われる。

先のノーベル賞受賞は市井では明るいニュースとなった。

食品の安全問題もあるが、諸外国に比して、日本の物価が安定していることにより、庶民が得をしているという点など、良い治世を積極的にアピールすることが、知性ある報道ではないだろうか?

楽天に 「少しだけ その2」をUPしました。

ご覧下さい。http://plaza.rakuten.co.jp//birdmankind/

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2008年11月15日 (土)

日本のプレゼンス

いよいよ金融サミットが開催されることになった。

世界中から叡智を結集して、今回の米国発金融危機に対応されることなる。

日本からは、発展途上国を救済する為、IMFに 一千億ドル(十兆円)を拠出されるらしい。

学士会報(2008-VI)に、篠沢 恭助 国際協力銀行前総裁が「日本のプレゼンスの行方」という講演が掲載されていたが、今回の対応は、日本のプレゼンスを良い意味で高めることになるのは間違いないだろう。

篠沢さんは、私が銀行員として国際金融に関係していた当時、大蔵省事務次官を勤められていたが、一昨年に開催された 世界銀行の発展途上国経済に関する会合(ABCDE:

Annual Bank Conference on  Development Economics)において、お顔を近くで拝見させて頂いた。

この時の資料では、2008年の石油価格予想は57ドルであり、石油価格の高騰により 非産油発展途上国の国際収支が悪化が懸念されるとされていた。

この間に、石油価格は暴騰し、金融危機により先進国経済は不況に突入した。

従って、非産油発展途上国は国際収支が悪化しており、国際金融市場では 基軸通貨であるドルの流動性が不足している。

これは、外貨準備が少ない非産油発展途上国にとっては、経済面で大きな打撃を与えるだけではなく、戦争、テロ、内乱などにも発展しかねない危機と言えるかもしれない。

このような状況で、日本は世界第二位の外貨準備を有している。

外貨準備をどのように活用するかについては、色々な議論があるのではあるが、長期的な視点で、日本の国益とプレゼンスを考えた時には、今回の日本の対応は先見性の高さと世界経済への貢献度の高さの面で、世界の有識者の目を引くことは間違いないだろう。

http://plaza.rakuten.co.jp/birdmankind/

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2008年11月 5日 (水)

地球温暖化と農業への影響

s最近、野鳥観察で兵庫県の田舎に行きますと少々気になる点があります。

それは、稲刈りが終わった水田に青々とまた草が生えていることです。

どうも稲ではないか?という気がしています。

これは、温暖化により二期作の可能性がある?

とすれば、食料自給率は、上昇する?

少子高齢化で、必要とする食料が減れば、さらに改善する?

と思いました。

さて、先日のけいはんな市民雑学大學で頂いたRITEの資料では、既に0.7度ほど上昇しているようです。

今日届いた 学士会報の「温暖化の影響と二つの対策」(三村 信男 茨城大學教授)という論文では、

日本への影響は、気温上昇が2℃になるまでは生産性が上昇するが、その後低下して、2.6℃を超えると収量が現状レベル以下に低下し、高温障害によるコメの品質低下や、果樹の生産適地の北上による影響が懸念されるそうです。

ということですから、単純に 地球温暖化が自給率上昇には繋がらないように思われます。

さて、再びRITEの資料によりますと

産業革命以来の気温上昇を

              2050年のCO2削減   削減費用(対GDP比%)

1.2から2.4℃    85%から50%削減   5.5%未満 (EU提案)

2.2.4から2.8℃  60%から30%削減    同上    (政府提案)

3.2.8から3.2℃  30%削減から5%増   1.3%

ということでした。

従いまして、食料生産を考えた場合は、2.の提案が整合性があるようです。

ただ、日本の人口の推計が減少を続けていって 80百万人になるとか老人人口が増えていった場合は、必要とする食料は減少をするように思われます。

食料生産量が同じであれば、約120百万人÷80百万人=1.5ですから、自給率は60%から70%に上昇しそうに思われます。

どうもこのようなことは市民としては、理解を超えています。

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今注目の

今 注目の米大統領選挙だが、

米国の議会選挙との関係が重要であることは誰しもご理解されるだろう。

下院、上院で過半数を握れば、民主党はまさに Changeを実現できることになる。

時代、次代の「いぶき」を感じることができるだろうか?

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2008年11月 2日 (日)

次の問題

日本のライスをどうするか?

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2008年10月31日 (金)

地球温暖化と排出枠取引

昨日は図書館で、Jurist の「地球温暖化と排出枠取引」特集号(No.1357)を借りて読みました。

今疑問なのは、

(1)この新しい取引がマネーゲームとならないか

(2)なった場合の弊害とのその大きさは

(3)弊害に対処する手段は

(4)外国における法制化の現状は

(5)国際的な取引の有効性は担保されうるのか?

(6)国際的な連鎖反応への対応は?

(7)どのようにして排出量を管理するのか?

などといった点でした。

新澤秀則兵庫県立大学教授の「温室効果ガス削減とサステイナブルな発展を実現する手段としての排出権取引の現状と課題」が出ていましたが、以前に京大で開かれたシンポジウムでご名刺を交換させて頂いた方でした。

お名前で検索致しますと、一部資料を読むことができ、まったく危機管理が考えられていない訳ではないことを知りました。

しかしながら、今回の金融危機の大きさを考えますと、新聞のようにやってみようというような論議は、十分ではないのではないかと思われます。

次世代に宇宙船地球号を残していくという観点から、大きな失敗をすることはできるだけ避けるべきではないでしょうか?

経団連も懸念を表明されていますが、欧米型の金融商品開発が人間とその欲望に対する制御を誤った為に、今日の事態を生じている訳ですから、このような商品には慎重にリスクを管理しうるか?を十分に討議すべきでありましょう。

欧州に先行されているからといって、急ぐべきものではないのではないでしょうか?

失敗するリスクを十分に検討して、より市民に対して精神的にも安全な代替的な手段が無いかの議論をして頂けないでしょうか?

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2008年10月28日 (火)

実体経済とマネーゲーム

昨日は、京大OB netでお知り合いになりました 河合さんが東京からお見えになりましたので、京都駅で待ち合わせをしまして、ランチを楽しみながら、お話を伺いました。

金融界で活躍された当時、特に不良債権処理にご苦労されたお話やリース業界と銀行業界との違いなと、一時は同じ業界に同じ時期に席をおきましたものとして、楽しくおしゃべりを楽しむことが出来ました。

2時間ほど御一緒しました後、イタリア文化会館で開催されました イタリア中部の町 オルビエートを紹介する講演に参加し、ピエロさんと言われる方とご名刺を交換させて頂きました。

人口5千人ながら、オルビエート人と言い、ローマ時代以前からの街の上に建てられた、イタリア3大バールの一つがあるワイン、チョコレート、ビスケットで有名なスローフードの町であるとのことでした。

こちらでビスケットをつまんで失礼し、京都駅の伊勢丹で開かれていた イタリア博で、乾燥ポルチーニと、ハムの詰め合わせを買って帰りました。

さて、株式市場は、円高(特に、ユーロ、豪ドル など)により、より一層の景気不安感から下落が続いています。

経済学の基本的な教科書では、実体経済の財市場と、貨幣市場は分けられています。

株式を保有しないものにとっては、その資産価値が変動しましても、他人の資産ですから直接は関係しないものです。

ですから、証券会社などに勤務しない限りは、自分の日常生活には大きな影響はありません。

金融機関などの株式評価損はご自身がプロの投資家集団ですからやむを得ない面がありますが、貸し渋りを招かないようなチェックと代替手段が必要かもしれません。

1929年の大恐慌が起きた原因については、ガルブレイスさんのお説も有りましたが、中央銀行が当時は存在せず、パニックが生じた際に、緊急融資をする機関がなかった為、取り付け騒ぎが起きた時には企業倒産が防げなかったということでした。

さて、現在の東京市場では、外人投資家が主要な投資家となっており、その投資家が本国では出来ないような売りを仕掛けているのでしょうか?

円高に付きましては、実効実質為替相場で見た場合、大幅な円安にあると言われ、投機筋が金利が安い円を借りて高金利通貨で運用すると言う 円キャリー取引を行っていると言うことが指摘されていました。

たまたま 9月以降に円高になりましたが、このような現象は過去においても観察されております。

そして、この円安で割高な海外旅行をしていた人は喜んでいるでしょうし、原材料を輸入する企業さんの収益はこれから改善するでしょう。

今実施されつつある円高還元セールで、消費者は価格効果を享受することになるでしょう。

石油価格も一時は185円ほどでしたが、145円ほどに低下しつつあります。

電力料金もこれから上昇はせずに済むかもしれません。

そのように見ますと、実体経済での影響というのは、株式価格のボラティリティとは別の問題として考えられるのはないでしょうか?

米国におきましては、個人の金融資産における株式の保有比率が高く、中所得から富裕層の消費への影響が懸念されますが、低所得者にとってはどうでしょうか?

低所得者の消費支出を分析したことがないのでわかりませんが、ドルの上昇と石油価格の低下はプラスに働く可能性があるのではないでしょうか?

金融市場への流動性供給が問題ない現状においては、米国において一時懸念されたスタグフレーションが深刻化しないように、金融当局が金利を大幅に低下させることは無理がないような状況が整いつつあるというようにも考えられます。

そのように見てきますと、住宅保有者の支払金利が低下し、物価が低下することになれば、パニック的な不安心理もやがて収束し、適切な水準へと向かうという可能性が生まれつつあるとも見られるでしょう。

米国においては、円高はその比較優位にある商品の輸出を拡大するチャンスであり、米国への旅行者を誘致するチャンスでもあると思われます。

燃料サーチャージが低下すれば、日本の年金生活者の方々は、米国などへの長期旅行のチャンスです。語学研修などで、若者に負けない語学力を身に付けましょう。

市場における競争力につきましては、個々の企業の時系列的な財務分析などを行う必要がありますが、個人の投資家にとっては外人投資家が見えないような良い面が見られれば、これからじっくりと良い株を購入するチャンスが到来するかもしれません。

いずれにしましても、感情的にならずに、ご自分の余資を考えられて無理の無い投資をされることをお勧めします。

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2008年10月24日 (金)

最大のジョーカー

最大のジョーカーという詩を作りました

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2008年10月16日 (木)

株式相場はオーバーシュートか?

原油価格は、バブルが弾け、いよいよ80ドルを割ってきました。

一昨年の世銀の予想は 50ドル台でした。

この間に投機資金が将来の需要の増加を先取りして、価格を押し上げたのですが、

価格の上昇による需要の減少と、折からの金融不安によりバブルが弾けたのでしょう。

これから、世銀の予想した水準に着地する可能性が高まりつつあるように思われます。

さて、このような状況で、米国の景気不安が再び高まりつつあるようです。

金融市場において流動性が無くなるということは、危うい取引をしている金融機関からは

資金が逃げていくということになります。

そのような取引をしているのは誰か?

複雑な仕組みの金融取引や、住宅金融などで高利益を挙げてきたところは、逆に敬遠

されていきます。

そして、そのようなところから、金融商品を購入していた金融機関もまたそのように

なっています。

不安が不安を生むという悪循環に歯止めを掛けるのは、第一義的にはそのような金融商品を認めてきた金融当局の責任かもしれませんが、景気の循環との関係ではそのようなことだけでは振幅の大きさが収まらない模様です。

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2008年10月 6日 (月)

原油価格と景気サイクル

本年145ドルという高値を付けた原油価格は、100ドルを割ってきた。

この原因は、原油価格を初めとする原料高が物価上昇を招き、景気の後退による消費意欲が減退したところに、サブプライム問題による金融不安が拍車を掛けたといえる。

原油価格自体も、株式市場などが低迷する中、投機の対象となったが、大手証券会社の破綻を受けて、高値圏で大きな資金を投資するものが少なくなっていることから、オセチア問題やオペックの減産という材料にも反応しなくなっているのではないだろうか?

さて、米国ではインフレ下の景気後退というスタグフレーション懸念から、金融当局は市場に資金を供与する中で、一段の金利低下には踏み切れなかった。

ここで、原油価格が低下し、雇用情勢が予想より悪化してきたことから、市場にはもう一段の金利低下に踏み切るのではないかという観測が出てきた。

この場合、日本の金融当局はどう動くか?

物価上昇の幅は他の先進国に比較して大きくはないものの、物価は若干のラグを伴いつつ、上昇しているようである。これは、企業努力によるものであると思われる。

株式市場は、これから大幅な円安の修正の影響を織り込むのかもしれない。

日本の景気を支えてきた輸出産業は、米国、欧州の景気後退による数量の減少と円高による受取額の減少というダブルパンチを受けるのか?

日本の製造業は、確かに優秀な技術力で円高の中でシェアを拡大してきたが、短期的には決算の下方修正、そして投資の減少を避けることが出来るか、不透明感が強くなっているようである。

ここで、ブラックマンデーような事態になれば、協調利下げの可能性はあるかもしれないが、物価上昇に対する警戒感が円高により和らげられなけば、金融政策の発動にはまだ疑問の余地があるかもしれない。

G7での協議の結果は? 市場のテストを受けることになるのだろうか?

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2008年2月27日 (水)

ミスのミス?

一昨年に、グアムでバカンスを楽しんでいた時のことだ。丁度、現地の選挙の時期だった。

チャモロ人以外に、フィリッピン人も結構住んでいるようだったが、選挙は当然チャモロ人が代表となるとバスの運転手に教えて貰った。

副知事は、Vice-Governor では無く、Lieutenant-Governorと言っていたところが、アメリカ軍の影響の様だった。

アメリカ本土の話になると、女性が大統領となるかもしれない時代が来るとは、子供時代に読んだSF小説のようだと言うと、Lady President と言う言葉が飛び出した。

Lady とは 成る程、大統領に対する敬意が 表された言葉だと思った。

Woman President やMrs.President というような 言葉では あまり相応しくないかもしれない。

Lady は、貴族の奥方に対する 敬称だったように記憶している。

ある国の芸術家は 真のLadyは 見たことが無いと書いていたようだ。

そのような理想が、永遠の微笑みを生んだのだろうか。

外務省の「やさしい国際儀礼」によれば、

The Honorable +名前+苗字、President of United States of America

という敬称が使用されるそうである。

Lady という敬称は、神話なのか? Missが何時 Lady になるのか。

娘を持つ父親としては 興味津々である。

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2008年2月15日 (金)

少子高齢化と労働力 その1

年金問題が紙上を賑わすようになって久しいが、進展があるのかないのか分からない。

年金受給額を削減するか、それとも 消費税を引き上げるか、その何れの選択肢も現在の水準以上に不利益のみが増加する為に、長期的には正しい選択であったとしても、短期的には不利益のみが目に付き、選挙で勝てないからである。

そして、問題を棚上げしている中に、社会保障費が自然に増加していき、景気上昇による税収の自然増を上回った段階で、財政赤字が増加することになる。

赤字国債が増加するということの問題点は

1.利払い費用が財政を圧迫する

2.将来の世代に対する負担を作る

3.金利が上昇した場合、さらに赤字が増加する

4.財政の統制が取れなくなり、赤字を継続する

という点にある。

一方、メリットとしては、

1.景気循環による一時的な不況を回避する

2.投資、消費の乗数効果により、減税額など以上の効果がある

と、教科書的にはされている。

それでは、プラザ合意以降に発生した財政赤字の効果はどうだったのだろうか ?

ここで、話は戻るが、なぜ日本の財政赤字は深刻な問題となっていないのか?

日本は円高になる前は、貯蓄過剰、消費が過小と言われてきた。

その貯蓄による低い金利により設備投資をし、人を雇い、海外に輸出をしてきたのが、問題とされ、円高誘導がされたのであった。

つまり、教科書的に言えば、日本国内では消費需要を上回る、製造業の供給力が存在していたのである。

そして、内需主導による成長が必要だとされたが、個人では誰も貯蓄が必要と感じていたので、お金が余り、これを生保などが海外へ投資をしていたのである。

ここで介入により円高が実現された結果、何が生じたのかと言えば、抵抗力の無い輸出企業が倒産した為にサービス産業への雇用をシフトすること、そして円高不況によって生じた失業者吸収する為に政府支出を増加させることであった。

日本には国民が将来の為に積み立てた金融資産が存在する為に、そして

国内では低リスクで投資対象となる成長企業が少なくなってしまった為に、

更には円高によるデフレの為に、赤字国債のファイナンスが可能となったのである。

次回に続く

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2008年2月11日 (月)

ご挨拶

長らくお休みを頂いておりましたが、口外録を近々再開させて頂きたいと思います。

以前と変わりせず、ご愛顧頂きますようにお願いを申し上げます。

                                       亭主敬白

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2006年6月 5日 (月)

お知らせ

口外録をご愛読頂きましてありがとうございました。

この度、内容をより充実させる為、新口外録を立ち上げることに致しました。

アドレスは、shinkougairoku.cocolog-nifty.com/です。

引き続きご愛読の程、お願い申し上げます。

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2006年6月 4日 (日)

日本外交の進路 その2

<日本外交の進路 その2>

靖国神社に参拝し、遊就館(憂愁 或いは幽愁か)に参拝しましたので、靖国神社参拝と中韓両国との外交問題などを検討してみたいと思います。

靖国神社 遊就館の展示内容は、明治維新から第二次大戦の敗戦までの、日本の帝国主義的侵略を、西洋列強から防衛したものとして賛美しているものと見られます。

同館では、空襲を含めた戦争犠牲者を悼む展示もあるのですが、侵略の被害国民からみれば、不当なものであると考えられると思われます。

ただ、この施設はあくまで民間の宗教団体の展示ですから、日本国としての見解を示すものではないと考えられます。

そして、宗教団体ですから、戦犯であってもその魂を祭ること自体は、神道であれ、他の宗教であれ問題となるとはいえないでしょう。

次に、首相の靖国神社参拝自体につきましては、首相も個人として信教の自由を持たれているわけですから、法律的には公費から、参拝費用などを負担しなければ、特定の宗教を国家が支持していると言えないのではないでしょうか。

感情的には、記名時に 首相として記名されることに反発はありえますが、実質的には何ら法益侵害は無いのであり、まあセンスがある人は「李下に冠を正さず」という意味で慎むのではないかと思われる問題ではないでしょうか。

それでは、何故この靖国神社参拝問題が、中韓両国から神経質なまでに反対されているかということを考えますと、千数百年に亘り平和的友好関係にあった両国に対する武力による侵略の傷跡が癒えていないからだろうと思われます。

これは、教科書問題におけますように、日本の都合の悪いところは、記録から消してしまうという姑息な精神が、儒教的な精神から見れば「真に反省していない、許せない」と受け止められるからではないかと思われます。

歴史問題に関しては、公共の福祉という枠組みから、公正な第三国の裁定を受けた事実を教科書に記載することにより、表現の自由を制限することがあってもよろしいのではないでしょうか。

不当に表現の自由を制限するべきではありませんが、個人に対する誹謗・中傷と同様、他国に対する悪意ある表現を制限するということは、国民に対する教育という日本国の公式見解としての性格を有する教科書については認められるべきではないかと思われます。

当事者国に加えて、公正な第三国を交えれば、戦前のような教科書によるマインドコントロールの危険性も無く、表現の自由を標榜しつつ「他国に対する帝国主義的侵略」を正当化するような見解も排除できるのではないでしょうか。

西洋的なスタンダード言えば、条約の締結により、外交的には問題が済んでいると考えられるかもしれませんが、日本の帝国主義的侵略は、この西洋の「軍事的帝国主義侵略」を中韓に適用したことが問題であった訳です。

先にNHKで放送されました、明治維新時の日本に対してアジア各国から寄せられた期待は、西洋の帝国主義的侵略から自国の独立を守る盟友としての期待であったことが明らかにされています。

このような西洋列強の侵略に苦しむ国に対して、日本が加害者となったのですから、被害者の受けた精神的打撃は非常に大きいものがあったのではないでしょうか。

戦犯については、日本人から見れば、戦勝国による不当な裁判と見られるかもしれませんが、被害国からみれば許せない犯罪者であると見られるかもしれません。

さて、そのような状況で、戦争被害者の慰霊の為に、首相が参拝する施設として別途慰霊施設を設けては如何かという案がありました。

小泉首相からは、国民の民意が問題であり、予算化できないという趣旨の発言がされております。

そして、現実には千鳥が淵の施設もある訳であり、国の予算で更に施設を設けるべきかについては、国家財政の負担もあり、疑問視せざるを得ないのでしょう。

しかし、今日本は国連安保理事会の常任理事国を目指しているのでありますから、極東における外交において、中韓両国との円滑さを欠くようでは問題でありましょう。

先にフランスにおいては奴隷制廃止記念がシラク大統領により取り上げられました。これは、人類の犯してきた誤りを素直に認めるのが、人道主義であり、自由主義であることを示されているように思われます。

そこで、民間からの発意として、日本の明治維新以降の戦争による犠牲者を追悼する施設として、日清、日露、両大戦を含めた、国籍を問わず全ての犠牲者を追悼する施設を、広く民間、政界、官界からの浄財を集めて建設し、平和記念日を設けては如何でしょうか。

そして、浄財が不足する場合に、国家が助成し、余った場合は、平和外交研究財団を設けてはと考えます。

日本は、中、韓、露国に対して勝利していますので、戦争放棄国家として、その被害者に対する癒しを与える必要があるものと思われます。

そして、この施設は、観光資源となるものですから、日本中から案をお出し頂いて、相応しい施設を相応しい場所に建設するべきではないかと考える次第です。

そうすれば、日本が「武力による侵略という過ちを正して、戦争犠牲者の御遺志を未来の平和に繋げる」という、潔い国家であることを、世界に明確にできるのではないでしょうか。これが品格ある国家であるといえるでしょう。

日本の外交を考えます上では、靖国神社参拝という喉にささった棘に、あまたの時間を費やすよりは、未来志向の建設的な考え方が望ましいと思われます。

また、歴史問題に関しては、第三国による判断を参考にするなど、客観化することにより、中韓両国との感情的な摩擦を避けるほうが、得策ではないでしょうか。

明治天皇は、日露戦争がはじまるとき

四方の海みなはなからと思う世に など波風のたちさわぐらむ

と詠まれておられます。

また、現天皇陛下の新年のお言葉として

「昭和元年より二十年までの歴史的事実を深く理解して、戦争後の平和の世の繁栄を思い、正しき認識を将来に役立てる」ことを望まれております。

明治維新以降は、西洋列強に呑まれないために富国強兵政策を取り、軍事的成功に酔いしれてしまった軍事バブルでありました。

しかし、中・韓・露の各国とは、未来永劫交際をしていく地理的状況にあり、明治維新までは、僅かな例外を除けば平和的に交際をしてきているのですから、ここにおきまして平和路線への回帰を鮮明にすることは、日本外交が世界の檜舞台で成果を上げる礎となるのではないでしょうか。

そして、このことは、、領土問題を話し合い、資源の開発に向けて協力体制を組む上でも、感情的なしこりを消すことにつながると思われます。

また、中国における合弁事業などへの波及効果、日本への観光客の増加という経済効果を生むことも期待できるのではないでしょうか。

賢明なる国民の皆さんにおかれては、中韓両国民の方々の受けられた苦しみは良くご理解されておられるでしょうし、憲法第9条の精神を活かされたいとも思われておられでしょう。

そのような方々は、同時にこの中韓間の問題に、日本政府が有効な打開策を打てないことに隔靴掻痒の感をもたれ、早期に終止符を打たれることを望まれておられるでしょう。

できますれば、そのような善意あふれる皆さんのご発意によりまして、歴史問題に決着をつけ、平和慰霊記念施設の建築に浄財を投じられまして、品格ある国民性を広く、世界に示されますことを、お願い申し上げたいと思います。

天皇陛下にも、お言葉などを賜り、国民と共に平和をお祈り頂きたく存ずる次第です。

六本木ヒルズから見ました東京の夜景と、終戦直後の焼け野原の対比を考えますと、戦争の惨禍と平和のもたらす繁栄の大きさを感じられずにおられません。

尊敬すべき国家となり、波風を立てない平和を維持する為に、相手の痛みを理解し、思いやりに富んだ国民性を発揮されて、今勇気ある一歩を踏み出すべきではないでしょうか。

国籍を問わず戦争の犠牲となられました方々のご冥福とこれからの平和を祈願致しつつ、筆を擱かせて頂きます。

命あり 栄えある今 大切に 悲しみ活かし 生きるべきにや

           (無窓)

Pondering  the value of precious  life

and the glorious fruit of peace,

To make  best use of the lesson of the tragic history,

Be to seek for the more prosperous future !!!

合掌

                             長 谷 祥 弘

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2006年6月 2日 (金)

abcdeから戻りました

東京で開催されましたABCDEから戻りました。2日間、朝から夕方まで英語での討論やスーピチを聞き、大変充実しておりましたが、大変疲れました。

詳細は、写真と共に、整理してみたいと思います。

一昨日は、話題の靖国神社に参拝し、遊就館の展示も拝見しました。

ABCDEのレセプションで森タワーから見ました東京の夜景と、戦争犠牲者の多さを考えました時に、帝国主義戦争の過ちの大きさと、平和のもたらす成果の大きさを感じました。

拙い詩ですが、一首捧げたいと思います。

英霊の御霊帰りて今日の日は

                  日射し長閑に鳥の声聞く

                             (無窓)

Hearing the  coos of birds,

In the sunshine of  heavenly peace,

Wandering the history  of tradegy,

Even today feel the spirits of  the war victims .

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2006年5月27日 (土)

阪神TOB価格

<阪神株買取価格>

某新聞によると、村上ファンズと阪急の間で、買取価格の話し合いがされている模様である。

チャートを見ると、村上ファンズの買占めで明らかにオーバーシュートしているように見受けられる。

阪急にとって現在の価格を参考にするべきとは思われない。

村上ファンズの資金源が短期投機資金だとすると、日経ダウなどが下落していることやTBSの株を買っていることからすると、懐は苦しくなりつつあるのではないか。

仮に村上ファンズが阪神の経営権を握っても、収益力が向上しなければ、株価は早晩下落するであろう。

そうすると、一端は経営権を握っても、撤退を余儀なくされる可能性もあるであろう。

阪神の経営陣は、この間 取締役の交代をせざる得なくなるが、村上ファンズ撤退後、再登用される可能性もあるのであり、長い目でみた戦略を研究された方がよろしいのではないだろうか。

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2006年5月26日 (金)

地球温暖化と米国の気象

<地球温暖化と米国の気象>

今年も太平洋でも台風が発生した。米国でも多くのハリケーンの発生が予想されている。

私の個人的な勘では、今年も日本では暑いだろう。そして、世界的に台風、ハリケーンは多く発生するのではないか。

先に米国中西部では、ジェットストリームの変化の影響らしいが、突然竜巻が発生し、民家に被害を与えたと米TVで報じられていた。

このような場合は、例えば、防風林といった方法は如何であろうか。米国の場合、敷地面積が広く、低層住宅が多いようであるから、自然に優しく、コストも少なく、そして地球温暖化にも役立つように思われるのだが。

ニューオリンズでは、昨年の洪水の被害の復旧が進められている。社会的には大きな爪あとを残しているが、非常避難計画が策定されている。

この問題の取り組みについては、世界的な枠組みによる長期的な対応と災害防止に向けた直接的な対応が必要であることは言うまでもない。

ただ、ここで注意すべきは、計画を策定しただけでは解決しないのである。

避難計画の訓練が出来ていなければ、実効が上らないのである。

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2006年5月25日 (木)

リビヤとの和解

<リビヤとの和解の意味するもの>

ブッシュ氏は長年、危険国家、非民主主義国家として対立していたリビヤと和解した。

これを、イランの周辺イスラム諸国に対する対抗策として、イスラム諸国の団結に楔を打つものであるとも考える向きがあるかもしれない。

しかし、この意味は、先にネジャド イラン大統領から寄せられた英文で18ページに及ぶ親書に対する米国政府の方針を間接的に示唆するものであると考えられる。

今回リビヤとは、大量破壊兵器保持を放棄するとの条件で合意したと伝えられている。

これは、従来C&Dと言われたきた米国の伝統的北風外交から、段階的ではあるが、方針の変更を行う余地があることを意味しているように思われる。

即ち、リビヤはイスラム教の軍事独裁政権であり、非民主主義ではあるが、それはそれとして、実際的な米国の利益に鑑みて、長年の対立に終止符を打ったのである。

このことは、取りも直さず、石油価格の高騰に悩む米国民の利益に合致するものであると同時に、イスラム教原理主義政権であると看做されるイラン政府に対して、歩みよりの余地を示したものといえるのではないか。

イラン大統領の親書は、コーランの伝統を踏まえつつ、

1.普遍的な人間の価値を認めることを前提としたキリスト教との共通した平和、人間の

 尊重などの価値の実現が、国民に対して責任を負う政治家の役割である

2.核の平和的利用は、独立国家が保有する科学技術の開発権であること

3.イラクへの戦争は大量破壊兵器を前提としていたが、これは誤りであった。9.11に関する捜査の情報が明らかにされていないのは、不自然である。

4.フセイン政権の打倒自体をイラク国民は喜んでいるものの、国土の疲弊を極めて大きいこと

5. 9.11テロに対しては非人道的犯罪としてイランは非難してきたこと

などを説かれたものであった。

そのような状況下で考えると、CIAを巡る人権侵害問題などはさておき、軍事的な脅威に関しては、このリビヤ型の和解案を推し進めていけば、互いに文化の違い、諸環境の違いはあるものの、話し合いによって解決することができることを示しているものであろう。

こう考えると、ブッシュ氏の示された外交策は、エレガントな話し合いによる、テロへの共闘の実現という、民主主義本来の有り方をさりげなくイランに呈示しているように思われるのである。

勿論、イランの諸士におかれては、このようなブッシュ氏からのヒンティングについては、コーランの例を見るまでもなく、よく理解できるのではないだろうか。

ユーヌス(平安その上にあれ)

                                             G.H.Y.N.

P.S. Contrary To MOS 10-93

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2006年5月24日 (水)

ブッシュ氏の健康

<ブッシュ氏の健康>

ブッシュ氏は、現在多忙の中、思うような成果が上らないことから、中間選挙を控えて心労が続いているのではないだろうか。肩が凝り、怒りやすくなり、寝不足になるようなことがあると、警戒警報である。本人は気が付きにくいことがあるので、周囲の人間は氏の健康状態を良く観察する必要がある。

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2006年5月23日 (火)

<旧約聖書の謎>

<旧約聖書の謎:「バシテバは姦婦か」の続き>

聖書に掲載された地図によると、エルサレルムの城壁内は500メートル四方程度であったようである。それならば、眼の良い人なら、非常に美しい裸婦を認めることができたかもしれない。その昔は、テレビも、本も無いので、ダビデは眼が良かったかもしれない

しかし、もしエルサレムで屋上で行水する習慣があったならば、ダビデはさぞかしあちこちで目の保養ができたのではないか。

そもそも、地中海沿岸のエルサレムで行水するとしても、屋上で行うだろうか。その頃の住居の構造については、やぶさかではないが、日干しレンガ造りという推察が、エジプトやメソポタミアの古代遺跡から見ると有力ではないか。

乾燥地帯で、日差しが強いならば、普通、直射日光を避けて、屋内で行水をするのではないか。そして、水道の無い時代であろうから、屋上に水を運ぶだけでも余計な手間である。

従って、旧約聖書の記述が事実ならば、バテシバは旦那の出征中に屋上で行水をしていたのであるから、これはかなりの確度で、男の目を引く為であり、姦婦であると言えるのではないだろうか。

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2006年5月22日 (月)

プリウスの秘密

<プリウスの秘密>

プリウスは、電気自動車とガソリン車のハイブリッドといわれているが、

実は、モーターで動く電車と自動車のハイブリッドであったのである。

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2006年5月17日 (水)

ハイホー、ハイコー

ハイホー、ハイコーといっていたのは、誰あろう?、そうディズニーにででくるあの小人たちである。

今金価格は、25年ぶりの高値圏である。そうすると、かつては採算が取れなくて廃坑になった鉱山でも、採算が取れることになるのではないだろうか。

だから、今地下では小人さんたちがハイホー、廃坑といって喜んでいるのである。

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2006年5月14日 (日)

旧約聖書の謎

旧約聖書を紐解くと、ふと疑問を感じるところがある。

皆さんは、ダビデとバテシバの話をご存知であろうか。あのソロモンの母となった女性である。

「ある日ダビデは、屋上から一人の女が体を洗っているのを見た。その女は非常に美しかった。」、それが当時人妻であったバテシバであったそうである。

当時のエルサレムの様子はわからないが、当時ダビデは王であったので、宮殿に住んでいたのではないだろうか。

そうすると、屋上から裸体を見、且つその女が非常に美人であると肉眼で見える距離に、一般人の家屋があったのであろうか。

それとも、ダビデは一般人より特別視力が良かったのか。

はたまた、既に望遠鏡が発明されていたのか。

そうとだとしても、屋上で裸体で湯浴みをする習慣が当時のエルサレムの習慣であったのか。

それとも、バテシバは男の気を引く為に、旦那の出征中に屋上で湯浴みをしていたのだろうか。

そして、この話は果たしてどこまでが真実だろうか。ダビデが、「屋上から裸体の女を見たから、その女を調べてくれ」と側近に話したのだろうか。それとも、「屋上から非常に美しい女を見た」といった話に尾ひれがついてしまったのだろうか。

バテシバは、宮殿で直ぐダビデと恋に落ちて、不倫の子を宿してしまう。

果たして、バテシバは情熱的な女性なのか、姦婦なのか、真実は歴史の中に埋もれている。

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2006年5月12日 (金)

時事寸評

<共謀罪と密告>

共謀罪について、議論があるようである。犯罪の規定については、国際的なテロリスト防止の観点から制定されるものであるので、やはり国際的な標準を満たすような規定でなければならないことは、どなたもご理解されていることと思われる。

つまり、ある特定国だけが、ザル法になってしまってはならないのである。

密告を恐れる向きもあるようであるが、犯罪者を密告することは犯罪防止することになり、社会的な正義にかなうのではないであろうか。

犯罪者でないものを告発するのは犯罪であるので、無実のものを根拠もなしに密告すれば、犯罪となるのである。

一方、密告者が犯罪を免れることになると、犯罪者の中で疑心暗鬼が強くなり、仲間割れをし、その結果犯罪が少なくなる可能性もあるのである。

つまり、共謀を必要とするような組織的な犯罪が減少することになるという効果を生むことになるのである。

その意味で、犯罪者間の裏切りは仲間内では卑怯かもしれないが、社会防衛的見地からは歓迎されるべきものであり、褒めても良いのである。

そして、これが親子、家族の場合を考えてみると、密告はとんでもない親不孝と考えられるかもしれないが、犯罪を実行する前に捕まえられるのであるから、実行罪よりより軽い処罰で済むのであり、結果的には死刑になるところが、懲役刑に軽減されるのである。

従って、ナチスドイツにおける密告のような場合とは異なり、テロリストの場合には、親子間であっても、大局的にみれば、犯罪の密告は、国際的な正義にもそして個人的な正義にも合致するといえるのではないだろうか。

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2006年5月11日 (木)

時事寸評

<CIA長官人事>

新CIA長官は現役軍人が就任されるようである。先の制服組からの不満に対応する為の人事であろうか。

CIA組織に二重スパイがいるのかなどといったスパイ小説めいた連想をしてしまう。後任の方は、軍事衛星に関与されていたらしい。人間の絡む諜報組織からの情報の真否の確認には、どのような手段を用いるのだろうか。

スパイ小説では、最も友好的な人間が裏切っていたりするのだが、さて現実は?

現在アフガニスタンでは、パキスタン国境の山中において、米軍を主力とした混成軍で、アルカイダ掃討作戦を展開中である。

オサマンディンラディン氏の行方を掴むことが、新長官に課せられる任務となるのであろうか。

ブッシュ氏としては、ここで成果を期待したいところであろう。

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2006年5月10日 (水)

時事寸評

<JR西日本の事故から早1年>

ある新聞の報道では、JR西日本の社長は、事故への対応を「道半ば」であると言われたようである。しかし、1年も経って「道半ば」というのは、鉄道の専門家集団に対する信頼を揺るがしかねないのではないか。又、被害者から見て、あまりに遅いとは見られるのではないか。社長が交代すれば、事故が解決したとは思われないのではないだろうか。

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2006年5月 9日 (火)

ABCDEに参加

<ABCDE:世界銀行 開発経済に関する年次会合>

先般このコラムでも御紹介しました、来る5月29,30日の両日、ABCDEが東京で開催されます。同会合に、筆者もThink TankとしてApplyしておりましたが、快くご承認を頂きましたので、参加させて頂く予定です。

これも、読者の皆様のお陰と心より御礼を申し上げます。

同会合の今年のテーマは、「開発のための新たなインフラについて」です。Agendaは、下記のHPに掲載されておりますので、ご興味のある方は、ご高覧下さい。

www.worldbank.org/abcde-tokyo

同会合の事務局からは、積極的に同会合について皆さんにお知らせするようにとのご示唆がありましたので、重ねてご案内させて頂きました。

緒方貞子 国際協力機構理事長、ジョゼフ・スティグリッツ コロンビア大学教授、

リチャード・マイニング OECD開発援助委員会議長、黒田 東彦 アジア開発銀行総裁、

藤田 昌久 アジア経済研究所 所長などの講演が予定されています。

筆者も初めての体験ですので、今からワクワクしています。

 

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2006年5月 8日 (月)

阪神VS村上ファンズ

<阪神VS村上ファンズ>

村上ファンズからの株主提案に対し、阪神の経営陣はお怒りの模様である。

しかし、法的には株主の提案は適法な請求なのであり、真摯に受け止めるのが、紳士的な態度ではないだろうか。

阪神、阪急共に関西の名門企業であるが、資本の脅威には今までさらされてこなかった為、驚天動地的な状況にあるのであろう。

玉井取締役としては、株主の意向を無視すれば法的な責任を負う可能性もあるのである。そこで、村上ファンズの提案についても、紳士的に且つ真摯に対応されたのであるが、阪神経営陣から見れば、裏切られたと思われたかもしれない。

今、玉井取締役はハムレット的状況にあるのであろう。しかし、誰を選任しても、社外取締役の役割は変わらないのではないか。

阪急グループに関しても、不安が的中した。白馬の騎士は絵姿は格好は良いが、演じるのは大変であろう。

黒舟は日本に開国を余儀なくさせたが、同時に新しい日本の夜明けであった訳である。

徒に開国を拒否すれば、返って武力行使を招くだけであり、柔軟な対応が必要ではないだろうか。

ところで、素朴な疑問だが、法人が時価より安いTOBに応じて株を売却する場合、その売却に応じた法人の取締役は、善良なる管理者の義務違反となる惧れがあるのではないだろうか。

また、A新聞の報道によると国土交通省の高官が、村上ファンズが経営権を握ることが問題であるかのような発言をしておられるようであるが、村上ファンズの鉄道経営に関する手腕については未知数の段階で阪神側に有利と取られるような発言をして良いのだろうか。

如何に公益性がある企業であるとはいえ、株式市場に上場する以上、株主が支配権を握るのは資本主義の原則であり、事故に結びつくような具体的な危険性があるとは言えない段階での発言は、国家からの介入であり、監督官庁の裁量を著しく逸脱してはいないだろうか。

もし、これが個人的見解であるとすれば、発言をした高官は村上氏から名誉毀損で訴えられる可能性、損害賠償を請求される可能性もあるのではないだろうか。

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2006年5月 7日 (日)

ブッシュ氏とスキャンダル

<ブッシュ氏とスキャンダル>

先の報道官に続いて、CIA長官も辞任した。米紙の報道を見ると、「後千日も氏の任期がある」という口調であり、上院ではCIAの情報漏洩を巡る審議がされている。

先にラムズフエルド国防長官は、軍官から厳しい不信任を突きつけられている。

内政では、移民問題に対して有効な打開策を打ち出していないと、米紙に批判されている。

こうした苦境にあるブッシュ氏の周囲には、イエスマンしか残らない可能性があり、そうすると同氏は、「裸の王様」になってしまう可能性がある。

同氏に対し不満が国民に高まっていくと、スキャンダルで失脚を狙う動きも有り得よう。

同氏には賢婦人がついておられるが、クリントン氏の二の舞にならないよう、注意が必要ではないだろうか。

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2006年5月 5日 (金)

時事寸評

<トヨタのセクハラ>

米国でトヨタのセクハラが問題となっている。これは、トヨタの技術覇権主義に対する米国社会からの警告であると思われる。

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2006年5月 3日 (水)

時事寸評

<ホリエモンの悲劇>

ホリエモンを襲った悲劇も、釈放で一段落されたかに見えるが、マスコミでは損害賠償責任を巡る第二幕が開くことを予想する向きもあるようである。

だが、彼の悲劇はそれだけで済むだろうか。第三の悲劇が、ひょっとすると第四の悲劇も待ち受けているように思われるのは私だけだろうか。

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2006年4月28日 (金)

時事寸評

<三井住友銀行の押し込み販売>

三井住友銀行に、厳しい判断が下された。同行の体質については、紳士的な三井銀行と利に敏い住友銀行が合併してどうなるか注目されたのであるが、どうも大銀行になり過ぎた弊害が出てしまったようである。

大組織になると本部に権限が集中する一方、ノルマを課せられた営業では、思わずしらず、無理をしてしまうことになる。

金利SWAPのような商品の場合は、特にノルマを課されても売れるとは限らないのである。

このような場合は、定量的な判断だけではなく、定性的な判断を加味することが必要であろう。

<神風攻撃に気をつけろ>

昨日のイラクにおけるイタリア兵死亡は、テロリストによる神風攻撃によるものであった。既に自衛隊におかれては、厳戒態勢にあるとは思われるが、彼等は宗教的な殉教者であり、死に対する恐怖は無い。

既に現地での協力関係が出来上がっているとは思われるが、サマワにおいても、同様の事態が生じないように、普段と違った動きがないか、冷静に見極めることが重要であろう。

銃を使用した防衛についても、想定されているとは思われるが、現地での摩擦を回避するべく、十全の気配りが必要ではないか。

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2006年4月27日 (木)

ナッシリヤの悲劇

イラクのナッシリヤでイタリア人の方が四名、テロリストの攻撃で亡くなられました。

30歳の若さで亡くなられた方もいたようです。

イタリア語を習い、イタリア人の方にもお世話になりました。

この度の尊い犠牲者に拙い短歌を捧げまして、心より哀悼の意を表したいと思います。

砂漠行く君の姿を今はもう

          見るすべも無し風になりたり

                    (無窓)

La Sua figura di andare   il deserto,

Non posso vedere ancora una volta,

Quantùnque voglia,

Il vento soffia per nulla

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時事寸評

<ラムスフェルド、ライス両氏のイラク電撃訪問>

こわもてダンディーのラムスフェルド氏についで、知的でエレガントなライス氏が、イラクを訪問した理由は、色々考えられが、シーア派のゆさぶりに動揺している前線に活を入れるというハードな面と、民主主義の普及を図るというソフトな両面が有力であろう。

イラン問題は国連で協議されているので、ライス氏が直接出馬するまでには至っていないが、国連外交が行き詰った場合に備えて、布石を打ちに出ているということも考えられよう。

国内的にはブッシュ氏の政策に批判が強まりつつある中、中間選挙に向けて、有効打が欲しいところではある。

唯、従来の米国の「北風」的政策には内外から批判が強まりつつあり、相手を強硬にするだけであろう。ライス氏のソフトなエレガンスが相手を魅了できるだろうか。

<千葉県選挙>

民主党の新人が勝利したが、投票率は低くかった。これは、日韓対立、靖国問題しかないかに見える自民党と、政策が見えない民主党に対する失望感を表しているように思われるのである。

新人はフレッシュであるが、未知数である。選挙民はその未知数を選択したのであろう。

これは、ある意味で小沢民主党への批判票ともいえるし、自民党への批判票ともいえるのではないだろうか。

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2006年4月26日 (水)

クボタの責任 その2

<社会責任論の深化に向けて>

本日のA新聞によると、クボタの救済について、財界から評価する声が上がっている模様である。

CSRという米国で生まれた概念が今回の「救済」に上手く使用され、公害訴訟の長期化による不利益を回避して、被害者が救済されたということが今後模範的なケースとなると考えられている様子である。

しかし、法的な文化が異なる社会で生み出された抽象概念を安易に適用することには警戒的にならざるを得ないというのが筆者の見解である。

第一に今回はクボタという優良企業であるから、三十億円も払えたが、これがそのような負担ができない企業であった場合は、社会的責任という言葉では解決ができないのではないか。

アスベスト被害者を救済するについて、直接的要因の発生から被害の発生までの間の経過期間が長く、企業の責任を問うことが困難な為、立法処置により救済するというのであれば、立法処理により従業員並みの救済を取り決めれば良いのである。

企業の責任を問えるが、訴訟に長時間を要する場合には、その間の支援処理を決めれば良いであろう。

そして、因果関係が明確で容易に企業の責任が問える場合は、訴訟により解決すれば良いのである。

最後に、企業に賠償ができない場合には、その救済処理を織り込めば良いのではないか。

もしクボタのような体力の無い企業であった場合にどう対応すべきか、立法的な救済処理の適否が問われることになるであろう。

経団連の奥田会長は「アスベストの問題は何十年も前から言われているが、日本も他国並みにCSRに力を尽くさなければならなくなり、早速対応されたのだろう。クボタの判断は大いに評価している」と発言されたと伝えられている。

アスベストの問題は、数十年も前から人体に有害であるという証拠があったというのが事実ならば、これを放置した企業及び行政当局の責任問題である。

それならば、因果関係が有る訳であるから、訴訟が長期化する訳も無く、CSRに寄らなくとも被害者は容易に賠償を求めうるのでないか。

そしてA新聞は救済と伝えているが、この場合は救済ではなく、公害による被害に対する賠償であり、安易に「救済」というのは被害者の立場から見ると、大変失礼な報道であるという受け取り方をされるのではないか。

第二に、今回のような公害に対してはこれからも生じえるような問題であるとするならば、これから発生することを回避、もしくは早期に察知して防止するような体制を整備することが必要なのではないか。

筆者は浅学菲才であるが、産業疫学というような分野の研究もあり、工業地帯における特定の病気についての統計があるのであれば、これらを使用して、従業員、近隣の住民の被害を最小限に留めるべきことが必要なのではないだろうか。

第三に、米国では、訴訟の頻発が問題となり、日本と比較して加重的な損害賠償が認められるということが社会問題化しており、取締役に対する報酬も多いが責任も重いという風土的な違いが存在する。

従って、訴訟経済的に見て、企業サイドから見ても、CSRという考え方に傾きやすいのではないだろうか。

唯、その場合でも、取締役は株主に対して責任を負っているのであるから、因果関係が無い場合まで、CSRにより賠償するとは考えられないであろう。

企業イメージを大事するということは必要ではあるが、アウトソーシングという言葉に頼った為に、大きなマーケットを失った企業も存在する。

取締役は株主に対する義務が存在する訳であるから、企業としては自己の権利を主張するという訴訟上の防衛権を行使するべきではないだろうか。

そして、訴訟上不利な場合には和解により合意すれば良いのではないか。

今回の場合、因果関係についてクボタ側から見れば無いと主観的に考えても、アスベストの人体に及ぼす被害についての因果関係が公知の事実となった為に、裁判官の心証を覆すだけの反証が無いから、賠償に応じるだけではないのだろうか。

その場合は、法律的には敗訴するだけであるから、訴訟費用の関係で早期終結を図ったものであり、「救済」という報道は適当ではないのではないか。

公害の場合は、救済ではなくて被害者に対する賠償の問題であって、人命や健康に影響を及ぼす被害を与えた場合は、申し訳ないといってお詫びをするのが筋であろう。

そしてその場合の被害額の算定は、従業員も人、近隣の住民も人であるから、同一水準というのは当然ではないだろうか。

この問題に対する報道については、軽重浮薄なる流行語に惑わされて事の本質を見失っているかのような印象さえ受けるのである。

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2006年4月25日 (火)

尼崎のJR事故を悼んで

JR西日本の事故から、1年が経ちました。この事故で亡くなられました多くの犠牲者と事故の後遺症に悩む方に拙い歌を捧げさせて頂きます。

生と死が一瞬の間に別れたり

                  悩みある時思い起こせよ

                              (無窓)

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2006年4月24日 (月)

クボタの責任

<社会責任論に対する批判的検証>

アスベストに関して、クボタの経営陣は補償金を支払う旨、報じられている。そこには、「因果関係」は認めないが、社会的責任の観点から支払うとされている。

ここで、この解決方法が本当に正しい社会責任なのかについて、考えてみたい。

先ず、被害者の方から見ると、裁判を経ずに早期に補償がなされる訳であるから、クボタの認めた方にとっては、利益になるといえるだろう。

しかし、クボタの認めていない距離外の方は、裁判で争わなければならず、「因果関係」を認めていない訳であるから、立証の必要があり、クボタの取った処置自体を裁判で証拠として引用することができないわけである。

次に、株主の立場から見ると、30億円に上る金額を法的な責任も認められない可能性があるのに支払うというのは、裁判で争っても敗訴するという可能性が高い場合を除けば、場合によっては経営者が無責任に支出しているものとして、株主訴訟に及ぶ可能性も無きにしもあらずである。

今回のアスベストについては、使用当時に結果の発生についての予見可能性があったかという過失責任の原則から見れば、因果関係がないとすれば、問われないというのが法律の建前であるのに、「社会的責任」という、今はやりのアメリカ流のいわば抽象的責任論によって対応しているわけである。

しかし、この社会的責任論の引用は、実は日本流の曖昧な無責任を意味しているのではないだろうか。

この社会的責任というものは、中身がないものであるから、場合によっては因縁を付けられるケースもありうる訳であり、経営者がこれを使用して金銭を支払う場合は自らの不始末を糊塗するために総会屋に対して使用するケースも有りうる訳である。

とすれば、アメリカ型の透明性の高い企業を目指しながら、裏社会に付け込まれる隙を生じかねないものであり、安易に使用すべきものではないのではないだろうか。

労災の場合は、第三者である当局が認定をする訳であるから、曖昧な社会責任ではなく、明確な法的責任であろう。

今や、日本の大企業は世界から投資されている訳であり、透明性の確保というものも社会責任なのではないだろうか。

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2006年4月20日 (木)

9.11のもたらしたもの(その2)

それでは、もし9.11のような事件が日本で、或いはどこでも軍事的小国で起きたら、どのような対応を取っていたであろうか。

これは国際的なテロリストによる大量無差別殺人事件であるから、警察による調査により、インターポールと協力して国際的に手配すると共に、国連を通じてテロリスト撲滅に向けての動議を依頼し、犯人の出身国、潜伏可能性のある国に捜査、取り締まりを依頼して、長期的な解決を図っていったのではないであろうか。

米国は先の大戦、或いは第一次大戦でも自国民の被害を受けて参戦していたように記憶しているが、この2度の勝利のパターンに縛られて、今回も軍事力を投入してしまった可能性はないだろうか。

しかし、今回は戦争ではなかったのである。タリバン政権はテロリストを匿っていたかもしれないが、戦争行為ではなかったであろう。

日本であれば、犯人グループの出身国と思われる、サウジアラビアなどの各国に警察の捜査官を派遣して、犯人グループの検挙に向けての協力を依頼していたのでなかろうか。

つまり、あくまでも人類の共通のルールとしての無差別殺人という大義名分の下に、平和的な国際協調により解決を図るほか手段がないからである。

今からでも米国にできることとして、このようなテロリスト撲滅に向けての組織化を通じて力による正義ではなく、ペンによる正義という民主主義の原点に復帰することが必要ではないであろうか。

そしてこのことが、力による民主主義原理の強制ではなく、人類の普遍的な正義である話し合いと協調による正義の実現という民主主義を復活させることに繋がるのであり、究極的には米国の国益を擁護することになるのである。

それでなければ、キリスト教とイスラム教の対立というテロリストの意図する構図を脱することができないであろう。

テロリストの罠は、米国の体力を消耗させることにあるといっても過言ではないだろう。

そしてこれを脱するには、生命の安全という万民法的な、普遍的な正義の実現に向けての国際的な協力体制を組織することにより、国際社会からテロリストを締め出すことが有効な解決策となるのではないだろうか

勿論、既に生じてしまったイラク占領を如何に終息するという中近東における勢力バランス維持には、別の次元からの政策的配慮が必要であることはいうまでもないだろう。

解決すべき問題は、テロリストの狙いに乗せられることなく、消耗戦にピリオッドを打ち、そして中近東の勢力をバランスさせて、石油価格のオーバーシュートを防ぐことにより、実質的に米国の利益を維持することである。感情的、原理主義的な対応ではなく、冷静なプラグマティックな解決策が必要とされるであろう。

人間は機械とは異なるのであり、公式を単純に当てはめたのでは望むような回答が得られないということを9.11は示しているように思われるのである。

即ち、米国は突出した軍事技術を有しているが、それを使用することによる軍事的な勝利だけでは、人間に関わる問題を最終的には解決できないのでないか。

先の第一次大戦での勝利後、国際連盟が設置され、それがファシズムを阻止しえなかった為に、第二次大戦後はその経験を踏まえて国際連合が設置されると共に、敗戦国を追い詰めることの不利益が大きいことから賠償金が廃止されたのである。

ここにおいては、単なる軍事的な勝利に留まらず、二度の大戦の経験を踏まえて人間という複雑な生き物の実態に沿った解決策を向上させていく知恵が込められているように思われるのである。

米国は冷戦下とはいえ、ベトナム戦争において泥沼化を避ける為、戦略的撤退を余儀なくされた。当時においても、ナパーム弾等、米国の軍事的な優位性は高らかに報道されていたのである。

しかしながら、今日の状況は、ブッシュ前大統領時に容易に勝利してしまった為に、軍事的優位による勝利という解決策が有効に機能すると単純化してしまったのではないか。

病気になった時に痛みを感じても、その原因はどの病気か検査をした上で、比較的有効な治療を行う必要があるように、単に思い込みで薬を飲んでも直らないことがある。

そして、今日の医学でも容易に直らない難病はあるのである。

そのような難病に対して、違った薬を用い続けると副作用が大きくなって、副作用で更に病気が悪化するということになる恐れがあるのでないか。

今ブッシュ氏はイランの核問題を巡って国際的にも、国内的にも孤立化の危機にあるといえよう。

氏は、米国という大国が示されるべき正義を担われており、その責任は一般人には想像ができないものであろう。

そして氏は、人並み外れて、熱意を持たれて職務を遂行されているのであることは十分拝察できるのである。

しかしながら、この局面では、一つ冷静に、大将らしく、国際世論の動向を見極めた上で動くという慎重さという、氏が隠れもたれた美徳を示された方が得策ではないだろうか。

国連外交という場においても、その他の理事国による提案を出させて十分比較吟味されて、最終的な決定を行われことが、第一位にある米国という大国に相応しいのではないと思われるのである。

イラン問題は、他の国の案を実施し、他の諸国の軍事力でも問題を解決できない場合に、頼まれて已む無く出動されれば解決できる程度の問題であろう。

第一位の大国は、他の理事国に実施させて、高所よりその趨勢を見極められた上で、動かれるのが相応しいのである。

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2006年4月17日 (月)

9.11のもたらしたもの

9.11のもたらしたもの

今石油価格が再び高騰をし始めた。この一因としては、イランの核問題が石油供給に影響を及ぼすようになるかもしれないとの観測があると思われる。投機は、不安がある場合には助長されるものであり、また儲かる方につくという勝ちパターンにより更に強まる傾向が否定できないと思われる。

今回の石油価格高騰は、中国等の経済発展により石油消費量が増加するという需要の伸びが予想より大きかったこと、並びに石油資源の開発がこれに追いついていなかったという需要と供給のアンバランスが背景にあることはいうまでもない。

これに追い討ちをかけたのが、9.11による米国の軍事介入であろう。このことにより、石油の供給不安が高まり、価格上昇に弾みをつけたと考えられる。

ここで9.11を振りかえってみると、結局テロリストは捕まらずに、アフガニスタンではタリバン政権が倒され、イラクでは大量破壊兵器が見つからずにフセイン政権が倒された。

結果として、アメリカの標榜する民主主義国家は樹立されたものの、イラクではテロ攻撃が止まず、犠牲者の十字架が増え続けているのである。

アメリカ国民は、総額数百億ドルを超えるであろう(もっと巨額かもしれない)軍事費と貴重な人命を費やして、石油価格上昇によるインフレを招来しているやに思われろのである。

得をしたのは、軍事産業と石油産業、産油国であるとさえいえるであろう。

今ここで、イランとアメリカが更に対立すれば、石油価格の一段の上昇すらありえるかもしれない。

ブッシュ政権は核拡散に対して神経質に警戒的であるが、イランの核はアメリカ国民に直接影響するであろうか。むしろ、その周辺諸国に直接影響するのではないであろうか。

その場合、果たして神経質に反応することがアメリカの国益になるのであろうか。投機筋につけいるチャンスを与えることになるのではないかと思われる。

そもそも、テロリストに対して戦争を仕掛けても有効であるかについては、軍事作戦を実施する前に十分検討されるべきであった。十分な包囲網を国際的に組成してじっくり追い詰めていけばよかったのである。

また、大量破壊兵器についての情報についての信憑性についても、冷静に検討すべきであった。

アメリカは卓越した軍事力を誇っており、世界的に対峙するものが無いため、先ずアフガニスタンで、次にその失敗を取り戻すためか、イラクでその力に頼ってしまったのである。

9.11は、ここで情報とそれに対する判断という問題が如何に重要であるかを我々に教えてくれているといえるであろう。

もし、テロリストがアフガニスタンにいなかったら、追いかけても捕まる筈はなかった。大量兵器に関する情報が誤りだったら、いくら捜しても見つからない筈である。

ブッシュ政権は砂漠の蜃気楼を追っているのであろうか。それならば、捕まる筈はないのである。

ブッシュ政権は、民主主義、人権擁護に、そして核拡散防止には極めて熱心であるが、実際的なアメリカ国民の実益の擁護にはあまり関心がないように思われるのである。

先のハント氏による投機が示すように、実需とかけ離れた投機にはやがて終わりがくる。

今回の石油価格の高騰は、供給サイドでは埋蔵資源の内の経済的発掘可能量の増加をもたらすので、石油資源開発を促進し、やがて石油産出量は増加することになる。そして、需要サイドでは、石油使用方法の効率化により、一時的な需要予測よりも実際の使用量が減少することになる。その結果、需給ギャップは解消に向かうことになると予想されるのである。

そして、地球環境保護との関係では、原子力発電、風力発電などに対する投資が増加していくことになるかもしれない。

ただ、これには一定の時間が必要になることであろう。この間、市場は投機によってオーバーシュートし、やがてハント氏のようにこのことを見逃して破綻することになるであろう。

そしてこのことは、大儲けをする投機筋とガソリン価格上昇に悩む庶民との対比を明確にしていくことになるであろう。このことによって、ブッシュ氏は得をするだろうか。

いや、民主党に対する支持が徐々に強まっていくであろう。

それでは、ブッシュ氏にはどういう対策が残されているのであろうか。

すくなくとも、アメリカ国民に納得させうるような結果を残して、9.11問題に幕を引く必要必要があるのである。

イラクにはイランからの援助が実施されており、その影響が強まっているのである。そして、イランはアメリカとは対立するイスラム原理主義、非民主的なイスラム国家である。

その国が、核を保有するとなれば、アメリカとしてはフセインを打倒した後、再び反対勢力が強まることになり、すんなりと撤退しにくい状況にあるといえよう。

アメリカとしては、中近東における影響力を保持しつつ(つまり、イラク、アフガニスタンの親米政権が維持される前提で)、この問題を終結し、なんらかの勝利宣言(できれば、民主主義の普遍化)をして、テロリストの暴力に対抗することへの世界的な合意を取り付けれれば、心理的には覇権国家としての名目を保つことができよう。

しかし、民主主義は親米政権を維持しえないかもしれない。イラクの国家的統一に対する国民の関心が宗教的な差異を超えており、しかもクルド民族が独立を敢えて要望しないなら、イラクの分割統治はできない。米軍事覇権主義に対する反発がイラク国民から消えることはないであろう。このことは、ベトナムの例もあるように思われる。

そして、性急に撤退したとしても、反米勢力が強まれば、石油に対する不安要因として見られるかもしれないのである。

また、フセイン氏をどう処理するのであろうか。大量破壊兵器が無ければ、戦争に対する名目はなかったことになる。犯罪者としては、クエート侵攻が原因となるのであるが、これは国際法に照らして妥当であろうか。

いずれにしても、ブッシュ氏は今悪循環にあるのであるが、直接的な力による解決から、間接的な知恵による解決への方向転換を迫られているといえよう。

                                  次回へ続く

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2006年4月 5日 (水)

民主党は単なる野党なのか

民主党は政権交代をなしうる政党なのか、それとも社会党に代わる単なる野党に過ぎないのか。

民主党における党首とは、どのような資質を必要とするのであろうか。

それは、政権を担当しうる政党を目指すという目標にも拘わらす、自民党に対する有効な差別化ができていない現状を見ると、政策能力、組織をまとめるリーダーシップ、国会戦術、そして選挙戦術、いずれにおいても未だ野党の域を出ていないように思われるのは私だけだろうか。

民主党は、バブルの崩壊、選挙制度の改革による不公平是正を背景として、従来地方に対して不満の強かった都市派の不満を背景に、二大政党時代を標榜して、革新を求める層の票を集めて躍進してきた。

そして、バブルの清算が遅れたことから、自民党の伝統的支持基盤である地方においても一時は支持を集めたのである。

然しながら、自民党の改革を掲げた小泉首相が「肉を切らせて骨を断つ」骨太の改革を進めたのに対して、有効な戦略を持たなかった為に、自民党内の不満分子を切る「郵政民営化」選挙により、骨がない体質的な弱点をつかれて敗北したのである。

そして、民主党内においては、若手層を中心に改革を要求する声が強いことから、岡田、前原と世代交代が進められたが、如何せん実力が伴っていない為、小泉首相に軽くいなされてしまったのである。

今回のなりすましメールについては、少なくとも訴訟法を齧ったことがあれば、証拠としての真正性を確認するという良識は有している筈であるが、マスコミ受けを狙う体質か若手の早急さか、まったく政策論議にならない話で政党の党首が交代することになってしまったのである。

そもそも、郵政改革自体には大して意味はないのであるが、これを改革をあくまで国民のために自民党の為に断行するという戦術に対抗策がなかったことが、選挙の敗因であろう。

そしてそれは、年金改革などについて、独自の試案を発表して、議論を行うことを避けたということにより、自らの勉強不足を露呈し、甘くみられたことに遠因があるのではないか。

真に国家を憂えて政権の交代を目指すなのば、財政赤字、年金改革等、過去の負債を整理して、21世紀の日本が目指すべきビジョンを提示することができなければ、責任ある政党とは言えないのではないだろうか。

今ここで、小沢氏に対して、若手の無念さを吸収する為に管氏が立ち、鳩山氏がキャスティングボードを握るという構図が演出されているが、これは自民党と同じ派閥化が、進められているということを意味しているのではないか。

つまり、民主党には日本を変えていくだけの底力は未だ備わっておらず、景気回復と共に従来の野党と同様に、不満解消的の役割を終えるのではないかと危惧されるのである。

本来は、国民政党としての原点に立ち返り、国民の為になる政策を立案する生産性を向上させることを目的として、自らを見つめ直すべきであろう。

それでなければ、単に若手は老練な政治家に翻弄されるだけに終わるであろう。

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2006年4月 4日 (火)

日本外交の進路 その1

日本の外交については、未だ冷戦期におきた人質拉致事件を巡って北朝鮮と、そして靖国問題を巡っては、中国、韓国と「政冷経厚」というべき関係にある。

つまり、経済関係は問題は無いが、政治上は問題をわざわざ作っているともいえるではないだろうか。

人質拉致事件については、被害者の家族の方々には、誠に気の毒ではあるのだが、この問題を冷静に処理する能力がない者が、政権を担当し、外交を担当しているのだとするとそれは、極めて判断能力が状況の変化に適応しきれていないとしか思われないのである。

そして、もし有権者にこのような稚拙な対応を歓迎する者があると、マスコミが勘違いをしているとすると、それはマスコミサイドの判断能力が非常に問題があると思われるのである

北朝鮮問題については、「共産主義対資本主義」のイデオロギー的な対立が、即ち「共産党独裁対民主主義」という対立の枠組みを有するものとして、米国政府はいわゆる「原理主義的民主主義」のドグマにおいて、北朝鮮を危険分子化してきた。

これは、東欧において民主主義、資本主義が勝利したことにより、同一土俵で北朝鮮を捉えてきたものといえよう。

然しながら、現実的には中国の例もある。

「天安門事件」のような不幸な事件はあったものの、政治的安定を図りつつ段階的に資本主義に移行していくという東アジア的な社会構造に基づいた移行があるのである。

中国においては、原理主義的な共産主義による文化革命は、民衆の支配を目指したものであったが、国民生活の向上に寄与せず、鄧小平が復権した。

ここにおいて、ドクマ的なドラスティック改革の実験は終了したのである。

従って、「天安門事件」のような、国民の利益、政治的安定性に対する危険分子は、支配体制側から見れば、「国益を考えない時期尚早な要求」として排除せざる得なかったと見られる。

そして、北朝鮮問題を巡る日本のマスコミの報道は、「餓死者」、「脱北者」などの体制内不満分子を取り上げることに終始してきた。

北朝鮮は拉致事件もあり、米国もお墨付きのついた「悪者」であるとのレッテルを貼ることにより、単純な「善・悪」に区分し、日本を善玉に分類し、視聴者の感情をコントロールしてきたとさえ言えるかもしれない。

しかし、現実的には北朝鮮の支配体制は崩れていないのである。過去の歴史を振り返って、餓死者が大量に出るような政治体制で支配者が暗殺されないケースがあっただろうか。

日本に対しては、ミサイルを発射するかもしれない国、核爆弾を開発するかもしれない国という不安を煽る報道ばかりがされてきた為、一層「悪玉 北朝鮮」視されたきたのである。

だが、小泉外交により拉致被害者の方が帰国されてみると、そのお子さん達にはそのような危険国から帰国されたというイメージは見あたらないのである。

そして、北朝鮮は過去の事件に対しては謝罪をし、拉致被害者の帰国みならず、その家族の帰国を認めているのである。

現実の歴史を見るならば、隣国間で紛争は有史以来頻発しているのであり、その問題についてはなんらかの話し合いで条約を結んで解決するというのが、外交ではないだろうか。

今、北朝鮮は開放経済入りを目指していることを金主席自ら明らかにしている。つまり、北朝鮮は中国型の経済発展による国民生活の向上を目指しているのである。

カリスマ支配であれなんであれ問題なのは、公正な政治が行われるかであり、民主主義といえども公正でなければ、そして経済的な国民の要求を満たしえなければ、政権を維持しえないのである。

ここにおいて、日本は米国的なドクマ主義的な「北風」外交を目指すべきであろうか。

中国は北朝鮮を支持するであろうし、韓国においては太陽政策が支持されている。そして、ソ連は北朝鮮とは有効関係にあるのである。

そして、米国は外交では非難をしているが、国内的事情による米軍の段階的撤退を行っており、核問題において北朝鮮から譲歩さえ引き出せれば国内的には勝利宣言ができると考えるのではないだろうか。

米国は、依然世界的な覇権国家であり、世界的に軍事、外交問題を抱えている。つまり、それだけ費用、人的資源を必要としているわけである。このような状況で、「北朝鮮問題」は日本と同じ比重はないであろう。

従って、自国の権益が危険に侵されない限り、日本の主張を支持してくれるとは限らないというのが、現実的な見方ではないかと思われる。

このような状況の中で、中曽根元首相は韓国を訪問し、橋本元首相も中国におられる。

この動きは、後から見ると、北朝鮮の開放経済入りを鋭敏に察知して、北東アジア共同体への向けた日本外交の転換を示しているものと見られるかもしれない。

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賢い消費者 その2

賢い消費者とは

賢い消費とは何か。その対極にあるのがバカな消費であろう。何がバカであるかについては、養老先生のお考えを踏まえると自分が賢いと思い込んでいて、実はバカであると認識しえない状況を意味するように思われる。

この説に従えば、自分は賢明な選択をしていると主観的に考えているが、一般の人から見るとバカに思われる場合ということになるであろう。

ただ、この一般人といっても、色々な人がいるのであり、その尺度も色々である。従って、仮に統計的な平均を取ってみると、2σ以上乖離していれば、等しく平均から価値感がずれていることになるである。

これを消費者行動から見れば、ハイエンド、ミドル、ローエンドと大雑把には分類できるであろう。

この意味で今日における価値の測定基準をベースにし、それに基づく効用を測定するとすれば、一応は賢い消費とバカな消費の分類が可能であると考えられる。

しかし、ケインズの「美人投票」にある通り、消費者の主観的価値というものは測定が難しいのが欠点であろう。

そして、今日の価値基準が明日の価値基準とは異なっていることがありうる訳である。

この為、明日の価値基準についての予測を立てて「先物買い」的な消費を行う消費者、価値基準の推移を見ながら買う消費者、価値基準の推移に出遅れてしまう消費者が出現するのである。

これを、「革新者」、「早期採用者」、「前期多数採用者」、「後期多数採用者」、「採用遅滞者」に分類する考え方もある。

商品を提供する企業側においても、新商品販売の為、オピニオンリーダーとなる「早期採用者」、パワーユーザーに商品情報を提供して、シェアの拡大を図るという行動をとることになる。

そして、今日の日本のようにパソコン、カメラ、家電商品の激戦区では、世界的な技術の覇権争いが繰り広げられ、多様な商品が開発されるので、各専門誌やマニアックな「おたく」といわれるパワーユーザーからの情報が、消費者の選択上重要な位置づけを有しているのが実情であろう。

しかし、単に技術的に先進であるからといってこれが果たして賢い消費であろうか。

(次回に続く)

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2006年4月 2日 (日)

民主党はブーマー

民主党は単なるブーマーか

民主党の党首選びがマスコミを賑やかしているが、現在の民主党を見ると、日本の二大政党というのは、自民党がバブルの失敗により国民の支持を失ったことを背景とした、単なる一時のブームーであり、小泉チャイルドと同様、長期的にみるとバブル的現象であるといえるのではないか。

そもそも、日本において民主主義は戦後アメリカにより導入されたものであり、真に階級闘争により獲得されたものではない。戦前において、議会制は存在したが、西洋の立憲君主制を導入したのに過ぎず、共産主義者による運動を除けば、民衆による政治が存在したかについては、疑問視せざるを得ないであろう。

欧米における2大政党制は、長い歴史の中の産物であり、それぞれの国独自の文化、制度、歴史などを抜きに成立しているものではない。

その意味で、民主党の現在の状況を考えると、政策立案能力を真に保有していない集団が、自民党と官僚による現在の政治体制の前には、脆くも崩壊していく状況にあり、若手の勢いが通用しなくなると古強者が復活すると構図にあり、国民のニーズを吸収しつつ、国際的、経済的状況に適応しる能力を有していない集団であると考えられる。

この状況において、民主党において必要なリーダーシップはどうあるべきなのか、従来の戦術論に終始していては、真の二大政党時代は到来しないと思われるのである。

選挙戦術、国会戦術、そして何よりも国家として目標の設定そしてそれとマッチした現実的政策立案能力の育成など、国民の税金を使用している政党として、根本的に考え方を転換する必要があろう。

戦術論に終始するなら、結局古だぬきの多い自民党の術中にはまるだけである。

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