<日本外交の進路 その2>
靖国神社に参拝し、遊就館(憂愁 或いは幽愁か)に参拝しましたので、靖国神社参拝と中韓両国との外交問題などを検討してみたいと思います。
靖国神社 遊就館の展示内容は、明治維新から第二次大戦の敗戦までの、日本の帝国主義的侵略を、西洋列強から防衛したものとして賛美しているものと見られます。
同館では、空襲を含めた戦争犠牲者を悼む展示もあるのですが、侵略の被害国民からみれば、不当なものであると考えられると思われます。
ただ、この施設はあくまで民間の宗教団体の展示ですから、日本国としての見解を示すものではないと考えられます。
そして、宗教団体ですから、戦犯であってもその魂を祭ること自体は、神道であれ、他の宗教であれ問題となるとはいえないでしょう。
次に、首相の靖国神社参拝自体につきましては、首相も個人として信教の自由を持たれているわけですから、法律的には公費から、参拝費用などを負担しなければ、特定の宗教を国家が支持していると言えないのではないでしょうか。
感情的には、記名時に 首相として記名されることに反発はありえますが、実質的には何ら法益侵害は無いのであり、まあセンスがある人は「李下に冠を正さず」という意味で慎むのではないかと思われる問題ではないでしょうか。
それでは、何故この靖国神社参拝問題が、中韓両国から神経質なまでに反対されているかということを考えますと、千数百年に亘り平和的友好関係にあった両国に対する武力による侵略の傷跡が癒えていないからだろうと思われます。
これは、教科書問題におけますように、日本の都合の悪いところは、記録から消してしまうという姑息な精神が、儒教的な精神から見れば「真に反省していない、許せない」と受け止められるからではないかと思われます。
歴史問題に関しては、公共の福祉という枠組みから、公正な第三国の裁定を受けた事実を教科書に記載することにより、表現の自由を制限することがあってもよろしいのではないでしょうか。
不当に表現の自由を制限するべきではありませんが、個人に対する誹謗・中傷と同様、他国に対する悪意ある表現を制限するということは、国民に対する教育という日本国の公式見解としての性格を有する教科書については認められるべきではないかと思われます。
当事者国に加えて、公正な第三国を交えれば、戦前のような教科書によるマインドコントロールの危険性も無く、表現の自由を標榜しつつ「他国に対する帝国主義的侵略」を正当化するような見解も排除できるのではないでしょうか。
西洋的なスタンダード言えば、条約の締結により、外交的には問題が済んでいると考えられるかもしれませんが、日本の帝国主義的侵略は、この西洋の「軍事的帝国主義侵略」を中韓に適用したことが問題であった訳です。
先にNHKで放送されました、明治維新時の日本に対してアジア各国から寄せられた期待は、西洋の帝国主義的侵略から自国の独立を守る盟友としての期待であったことが明らかにされています。
このような西洋列強の侵略に苦しむ国に対して、日本が加害者となったのですから、被害者の受けた精神的打撃は非常に大きいものがあったのではないでしょうか。
戦犯については、日本人から見れば、戦勝国による不当な裁判と見られるかもしれませんが、被害国からみれば許せない犯罪者であると見られるかもしれません。
さて、そのような状況で、戦争被害者の慰霊の為に、首相が参拝する施設として別途慰霊施設を設けては如何かという案がありました。
小泉首相からは、国民の民意が問題であり、予算化できないという趣旨の発言がされております。
そして、現実には千鳥が淵の施設もある訳であり、国の予算で更に施設を設けるべきかについては、国家財政の負担もあり、疑問視せざるを得ないのでしょう。
しかし、今日本は国連安保理事会の常任理事国を目指しているのでありますから、極東における外交において、中韓両国との円滑さを欠くようでは問題でありましょう。
先にフランスにおいては奴隷制廃止記念がシラク大統領により取り上げられました。これは、人類の犯してきた誤りを素直に認めるのが、人道主義であり、自由主義であることを示されているように思われます。
そこで、民間からの発意として、日本の明治維新以降の戦争による犠牲者を追悼する施設として、日清、日露、両大戦を含めた、国籍を問わず全ての犠牲者を追悼する施設を、広く民間、政界、官界からの浄財を集めて建設し、平和記念日を設けては如何でしょうか。
そして、浄財が不足する場合に、国家が助成し、余った場合は、平和外交研究財団を設けてはと考えます。
日本は、中、韓、露国に対して勝利していますので、戦争放棄国家として、その被害者に対する癒しを与える必要があるものと思われます。
そして、この施設は、観光資源となるものですから、日本中から案をお出し頂いて、相応しい施設を相応しい場所に建設するべきではないかと考える次第です。
そうすれば、日本が「武力による侵略という過ちを正して、戦争犠牲者の御遺志を未来の平和に繋げる」という、潔い国家であることを、世界に明確にできるのではないでしょうか。これが品格ある国家であるといえるでしょう。
日本の外交を考えます上では、靖国神社参拝という喉にささった棘に、あまたの時間を費やすよりは、未来志向の建設的な考え方が望ましいと思われます。
また、歴史問題に関しては、第三国による判断を参考にするなど、客観化することにより、中韓両国との感情的な摩擦を避けるほうが、得策ではないでしょうか。
明治天皇は、日露戦争がはじまるとき
四方の海みなはなからと思う世に など波風のたちさわぐらむ
と詠まれておられます。
また、現天皇陛下の新年のお言葉として
「昭和元年より二十年までの歴史的事実を深く理解して、戦争後の平和の世の繁栄を思い、正しき認識を将来に役立てる」ことを望まれております。
明治維新以降は、西洋列強に呑まれないために富国強兵政策を取り、軍事的成功に酔いしれてしまった軍事バブルでありました。
しかし、中・韓・露の各国とは、未来永劫交際をしていく地理的状況にあり、明治維新までは、僅かな例外を除けば平和的に交際をしてきているのですから、ここにおきまして平和路線への回帰を鮮明にすることは、日本外交が世界の檜舞台で成果を上げる礎となるのではないでしょうか。
そして、このことは、、領土問題を話し合い、資源の開発に向けて協力体制を組む上でも、感情的なしこりを消すことにつながると思われます。
また、中国における合弁事業などへの波及効果、日本への観光客の増加という経済効果を生むことも期待できるのではないでしょうか。
賢明なる国民の皆さんにおかれては、中韓両国民の方々の受けられた苦しみは良くご理解されておられるでしょうし、憲法第9条の精神を活かされたいとも思われておられでしょう。
そのような方々は、同時にこの中韓間の問題に、日本政府が有効な打開策を打てないことに隔靴掻痒の感をもたれ、早期に終止符を打たれることを望まれておられるでしょう。
できますれば、そのような善意あふれる皆さんのご発意によりまして、歴史問題に決着をつけ、平和慰霊記念施設の建築に浄財を投じられまして、品格ある国民性を広く、世界に示されますことを、お願い申し上げたいと思います。
天皇陛下にも、お言葉などを賜り、国民と共に平和をお祈り頂きたく存ずる次第です。
六本木ヒルズから見ました東京の夜景と、終戦直後の焼け野原の対比を考えますと、戦争の惨禍と平和のもたらす繁栄の大きさを感じられずにおられません。
尊敬すべき国家となり、波風を立てない平和を維持する為に、相手の痛みを理解し、思いやりに富んだ国民性を発揮されて、今勇気ある一歩を踏み出すべきではないでしょうか。
国籍を問わず戦争の犠牲となられました方々のご冥福とこれからの平和を祈願致しつつ、筆を擱かせて頂きます。
命あり 栄えある今 大切に 悲しみ活かし 生きるべきにや
(無窓)
Pondering the value of precious life
and the glorious fruit of peace,
To make best use of the lesson of the tragic history,
Be to seek for the more prosperous future !!!
合掌
長 谷 祥 弘
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