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2009年6月23日 (火)

危機脱出

旅に出ると思わぬことに出くわすことになります。

ワシントンでは大変な目に会いましたが、脱出することが出来ました。

地下鉄での事故に巻き込まれたわけではありません。

朝ホテルからのシャトルが予定の時間に来ず、何度か交渉して、40分遅れて、空港に到着。

空港では満員でチェックインが遅れて、2時間以上掛かった為、予定の飛行機に乗れず夕方の飛行機に振替となりました。

ここで、ホテルに戻り、損害の賠償を請求しましたが、応じて貰えず、また空港に地下鉄で戻りました。まったく誠意は感じられませんでした。

振替の飛行機は空港での表示盤を頼りに待っていたところ、マシントラブルで取りやめになったことを予定時刻を過ぎて知りました。

航空会社に聞いたところ、空港の表示システムが問題が有るとのことでした。

日本では考えられないことですが、他の便の情報は更新されているのに特定会社の場合には問題があるようです。

そこで、この会社の便には乗る気になれず、更に振替機を依頼したところ別の飛行会社の便が有り、それに乗る為、別の空港にタクシー移動し、サンフランシスコに夜中に到着。もう、そこで近くのホテルを探す気力は無くなり、空港で一夜を明かしました。

大変疲れましたが、この飛行機の件、ホテルの対応、地下鉄の事故と言い、米国の現状には相当な問題が有るような気がしました。

今は大変な大規模の大学のキャンパス内のアパートで、、米国の豊かさを味わいつつ、ともかく疲れを取りたいと思っております。

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2009年6月20日 (土)

アメリカにて その3 Washington D.C. 1

今日は、好天に恵まれた中、ワシントン市内の見学に出掛けました。

Why not go sightseeing Washington D.C. joyfully in the grace of good weather today?

地下鉄に乗って スミソニアンプラザから 名所を訪ねます。

From the subway station of Smithsonian Plaza,  to the Sacred  area of this Great country!

先ずは、ワシントンモニュメントを目指しました。

Among other sights, Washingon Monument is the very first !

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ここから、キャピトルヒルとリーンカーンメモリアルが望めました。

Both the Capital Hiill and the Lincoln Mermorial  is in a  marvelous sight.

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夏休みシーズンとあって、子供連れや学生が多く来ていました。

In summer vacation season,  I  share this beatiful scenary with many family visitors and students fortunately.

ここから、子供の頃から尊敬しました リーンカーンメモリアルを目指しました。

The moment  of my  great pleasure to visit the respectful  Mr. Lincoln's  Memorial is starting from here.

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第二次大戦の戦士を記念した噴水と鴨達の休む池を過ぎると、正面の階段では 学生達がコーラスを披露していました。

Passing the memorial fountain of the World War Ⅱ and the fond where   the American  Black Ducks are resting ,

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On the front  steps  students  are singing  in  good chorus for his honor !

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彼が休んでいたのは、荘厳な白亜の神殿様式の建物でした。

Nothing cannot be more magnificent  than   his   cretaceous  templum ,

the sacred safehaven of the spirits of democracy on  earth !

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2009年6月19日 (金)

アメリカにて その2 チャンスとリスク

アメリカについて、まだそれ程経っていないので、現在のアメリカについてすべてを把握している訳では、勿論無い。

N.Y.の地下鉄や下町などを歩いてみると、アメリカの良い点を再発見することもあるし、予想外に悪い点もあるように見られる。

ただ、今のところ、景気回復の兆しがあるような関係からか、街を歩く人の姿に問題は無いようにも見受けられる。

しかし、多人種社会という日本とはまったく異質の世界を支えてきた、「自由と権利」理想の国家像については、必ずしも幻影を抱いている人が多いとも思えない。

が、それでもアメリカが好きで来ている移民は多い。

そこには、母国には無い「チャンス」があるから、リスクも取れる。というべきか、下積みから始めるから、失うものも無いのかもしれない。

さて、日本においては、総選挙が間近くに迫っているようだ。

国民にとっての問題は、何時総選挙があるかではなく、将来に向けての政策が有効なものかだろう。

民主党からは、情報を握っている「官僚」が諸悪の根源のように言われている。

果たして真実どうなのか?

民主党が選挙に勝てば、「天下り」が無くなるそうだが、これはどういうことになるか?

有能なる官僚諸氏にとっては、逆にチャンスではないだろうか?

つまり、優れた政策や法律作成能力を有した諸氏が政界に進出すれば、「天下り」よりも長い間勤務し、高い給与や年金を得られる可能性が高いように思われる。

落選のリスクが有るといっても、それは相手次第であり、選挙活動に必要な費用もインターネットなどによる広報活動が出来れば、都市部では相当低くなる可能性もあるだろう。

民主党が「天下り」を止めるということは、逆に自分の政敵を野に放つことになるとも思われる。

有能な官僚諸氏は、民間でも歓迎される可能性が高いだろう。お役所の仕事よりも、新しい仕事にチャレンジすることは、人生を豊かにするチャンスでもあるように思われる。

リスクを過度に恐れるよりも、鍛えてきた能力を信じて、勝つ道を探す方が楽しみも多いことは間違いない。

何事も確実なことは無い「不確実性の時代」には、自分を信じて努力することが、リスクをチャンスへと変える、ポジティブな考え方と言えるだろう。

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2009年6月15日 (月)

アメリカにて その1

19世紀は、霧の都は ロンドンだった。

サンフランシスコについてから、晴れの日は1日だけだった。

飛行機は中西部の竜巻にはまったく影響は受けなかったが、ボストンも小雨模様だ。

ハーバートでは、大学の近くで、学生達が集会を開いていた。

イランの大統領選挙が不正だと言っている。

TVでは、その大統領がアメリカのTVのインタビューに応じていた。

続く

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2009年6月 8日 (月)

ビジネスマン向けの格言

浮利を追わずとは、不利を追わずだ。

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2009年6月 6日 (土)

中曽根ドクトリンの実現に向けて

私は、今振り返って見ると、人生の分かれ道が確かにあるように思われる。

ある方向に向かいたいとは思いつつ、諸般の事情でそちらには行けないことがあった。

それは何故かと言えば、時期がまだ早いなどと思っている内に、また他の欲求が持ち上がってしまい、だんだん実現が出来なくなってしまったのである。

やはり、目標を定めてそれに向けて努力を継続することが実現に向けての早道なのだろう。

その意味で、中曽根さんは目標を定められているのであるから、実現に向けて努力を続けていって頂きたい。

横道に逸らそうという試みがあるかもしれないが、それに挫けず、核廃絶への歩みを着実に続けられることが、真の国益に合致することなのである。

オバマ氏が登場し、核廃絶を目標にしながらも、相手を懐柔することが出来ず、武力による「威圧と対話」を続けるとすれば、それは冷戦時代と何ら変化は無いことになるだろう。

結果は、「窮鼠猫を噛む」である。

冷戦時代の日本は、中国、ソ連、北朝鮮という共産主義国家に囲まれ、同盟国は韓国、米国、台湾だった。

その中では、「核の抑止力」という傘が必要だったのだろう。

しかし、中国が開放政策に踏み切って既に久しく、ベルリンの壁が崩れたのも既に一昔前である。

そのような中で、北朝鮮に武力で開国を迫る必要があるのだろうか?

国際的な法による安定した秩序は、自己を客観視して、相手の立場を理解することが必要であり、冷戦時代の発言を今引用するのはアナクロ二ズムである。

危険な「瀬戸際外交」という火遊びを続ければ、花火が暴発する危険がある。

「安全保障理事会」の常任理事国を目指すならば、平和的解決によってその外交手腕を示される良き機会になるだろう。

「おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見逃しがちである。

一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例として袖の下で笑っていることだろう。

西洋人は、日本が平和な文芸に耽っていた間は、野蛮国と見なしていたものである。しかるに、満州の戦場に大々的な殺戮を行い始めてからは文明国と呼んでる。」

                                  岡倉天心 「茶の本」

この本の原本は英語で書かれたものだが、帝国主義文明に対して「茶」の効用を説いたその平和的な啓蒙的精神を、私は大事にしたいと思っている。

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2009年6月 5日 (金)

大局観

どのようなゲームでも大事なものはと聞かれると やはり大局観ではないだろうか?

今の状況を分析して次に打つ手を決める時、目前の小競り合いに目を奪われていては、全体としてのバランスが崩れてしまう。

囲碁であれ、将棋であれ、同じように思われる。

ところが、過去に高い勝率を挙げた戦法が有ると、それに固執してしまうことがある。一世を風靡した居飛車穴熊でさえ、対抗する新戦法に、穴熊に固執しては勝てなくなっているようである。

さて、日本、極東、アジア、世界と視野を広げて行った時に、既成概念に囚われると同じ失敗をしてしまう可能性がないだろうか?

「大山(康晴)将棋は型に囚われない。合理的だが、独自の感覚によって指される手が多く、相手は意表を突かれることが多い」      (中原 誠)

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2009年6月 4日 (木)

鳩の争い

鳩は平和のシンボルのようですが、結構 鳥の中では気性が激しいようです。

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激しいファイトに思わず夢中でシャッターを切りました。

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2009年6月 3日 (水)

公正なる判断

政府系金融機関の経営者に対する業績考課として何が公正なる判断だろうか?

仮に民間で持ち株会社の代表取締役が、子会社の社長の人事を判断する時はどうだろうか?

競争する会社の業績や不祥事などの度合いを見て、比較するのではないだろうか?

もしそうでなければ、公正な判断であるとは思われない。

A,B,C社を比較して、経常利益などの指標が良ければ、敢えて子会社における人選に反対をする必要は無い筈である。

不祥事についても、他の企業と比較して大きく会社の信用を損なうものか否かを判断するのではないだろうか。

もし、そこに無理強いして、内部抗争が起こり、従業員の士気が衰えれば、企業としてはマイナスになるからだ。

将来この子会社の上場を目指すのであれば、業績が良い程、株価は上る筈である。

親会社の社長は、子会社の社長をしてその手腕をより発揮させるのが、役目ではないだろうか?

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問題

私は散歩中 ふと見ると 猟銃が置いてあるのを見ました。モデルガンと思って、手にとって見ました。遠くに動く物が有りましたので、引き金を引いてみますと、弾丸  が出て、悲鳴がしました。そこへ行って見ると、人が死んでいました。

私は殺人罪に問われるのでしょうか?

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2009年6月 2日 (火)

最近の鳥友

久しぶりに近くの埋立地の野原を歩いてみました。

最近 姿を見せてくれるようになった コヨシキリ君です。

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空を飛びながら、キリキリ、ピッピとさえずります。

今日見た鳥は、ヒバリ、オオヨシキリ、コヨシキリ、コチドリ、コアジサシ、カワラヒワ、ハクセキレイ、カルガモ、カワウ、スズメ、ムクドリ、キジバト、カラスでした。

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2009年6月 1日 (月)

Exdous from Poverty and ? Part 2-2

人類の歴史において、天災と並んで 疫病が大いなる災いとなってきた。今話題となっているインフルエンザかどうかは分からないが、旧約聖書「出エジプト記」にもそのような疫病が記載されている。映画「十戒」にもそのようなシーンが登場する。

第九章「主の手は最も激しい疫病をもって、野にいるあなたの家畜、すなわち馬、ろば、らくだ、牛、羊の上に臨むであろう。しかし、主はイスラエルの家畜と、エジプトの家畜を区別され、すべてのイスラエルの人々に属するものは一頭も死ぬものが無いであろう」

これは、家畜の伝染病のようである。

何故、イスラエルの家畜は伝染しなかったか?

今日の常識では、家畜の主を認識する病原菌は存在しない。

この旧約聖書が、祖先の業績を美化しがちな傾向を持つとするとある程度納得が出来る面がある。

そもそも、エジプト人の奴隷となっていたイスラエル人にどれだけの家畜がいたのか?

もし、全くいないか、ほとんどいなければ、伝染病にも罹りようが無い。

ほとんどの被害はエジプト人が被ることになった筈である。

さて、インフルエンザについては、有名な過ぎ越しの祭りの起源であるようにも思われるのである。

出エジプト記12「これは主の過越である。その夜わたしはエジプトの国を巡って、エジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトの全ての神々に審判を行うであろう。---この日は、あなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭りとして、これを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。7日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。」

イスラエルの人々は、羊の血を門に塗り、その肉を食べて、死の神が通り過ぎるのを免れた。

これは、貴重な財産である子羊が病気になる前に殺し、それで栄養を付けた後、危険な期間は室内に閉じこもって、パンを食べていたとも解釈しうるのではないだろうか?

つまり、前回の疫病で学習をした結果、イスラエル人は賢くも、疫病による被害を免れることが出来た可能性があるようにも思われるのである。

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